今度青くなったのは、みちる以外の三人だった。
みちるが、ツナと獄寺を知らない。
…否、覚えていない?

「…おい、ふざけんなよ…」
「お、おい、獄寺…っ」
「何言ってやがる、なぁ!千崎!!」
「獄寺くんっ!」

ツナの怒気を含んだその声に、獄寺はそれ以上言葉が続けられなかった。
言いたいことはまだたくさんある。意味がわからない。なんで知らないんだ。さっきまで知っていたくせに!

「…っ」
「ご、ごめん…なさい……」

違う。
そんな言葉が聞きたいんじゃない。
獄寺は黙って立ち上がると、襖の固い部分をガンと叩いた。

沈黙。
ピリ、とその場に緊張が走った。


「どうしたんだ、みちる」

次に口を開いたのは、ひょっこりと現れたリボーンだった。
みちるは小さなヒットマンを見つめ、首を傾げた。
どうして、わたしが知らない人が、わたしを知っているのだろう。そう言いたげな表情だった。

「…みちる。あのちっさいのがツナ、沢田綱吉。そっちの銀髪が獄寺隼人だぞ」

何故か彼女は、山本のことだけは知っている。
ツナと獄寺を指差しそう紹介すると、「忘れちまったか?」とリボーンが問うた。
三人とも、ごくりと息を飲み、みちるの返答を待った。


「…忘れて、ないよ……」


みちるが、震える声でそう言った。
ツナも山本も、背中を向けていた獄寺も、驚き、みちるの顔を見た。

「忘れるわけないよ、リボーンくん…」
「そうか」

「千崎さん!お、オレだよ、わかる!?」
「沢田くん…」
「おい、千崎!オレの名前は」
「…獄寺くん、獄寺隼人くん」
「みちる、オレは?」
「山本くん…」

よかったぁ、とツナが声を漏らす。その言葉に、張り詰めていた緊張が綻んだ。
しかしみちるは、まだ真っ青な顔で、ぽつりと言った。

「…わたし…今、なんて言ってた?」

忘れていた?
大切な大切な、命よりも大切な絆の先にいる、沢田くんたちを、わたしは…

「なんで…?なん、で、わたし、」
「みちる、落ち着け」
「だってわたし…なんで!?どうして忘れてたの!?」

リボーンくん、ねぇ…なんで…?
その、みちるの祈るような声は、涙に震えていた。

「おそらくだが」

リボーンが静かに切り出した。

「お前はツナたちのことを忘れてたんじゃない」
「…?」

「記憶が事故後すぐにリセットされたか、違う人間と入れ替わったか」

そのどっちかだと、オレは思う――
リボーンの推測は、突拍子もないものに聞こえた。

「…どういう意味だ?小僧」
「思い出してみろ、山本」

さっき、みちるは三人のうち、山本のことだけを覚えていた。
そして、山本に言った言葉はこうだ。「みちるって呼んでたっけ?」
「山本、こいつのことを“みちる”と呼ぶようになったのはいつからだ」
「えっと…獄寺のアネキの結婚式の日から、だな」
「よく覚えてるね…、山本」

「さっきのみちるは、山本に名字で呼ばれている認識である、と推測できる」
「あぁ…って、それってオレが小学校んときの…」
「そうだ。それから、さっきみちるは『トラックに轢かれた』と言っただろ。それは一年以上前の事故だぞ?」
「…もしかして、さっき目覚めたのは、トラック事故に遭ってから後、はじめて目覚めたつもり…だった…?」

「多分ね、リボーンくん…」
「ん?」
「みちるさんが、…こっちの世界のみちるさんが、『わたしの身体返して』って言いたくて、出てきたんだよ」

みちるが妙にはっきりとした口調でそう言った。
まだ冷や汗をかき、唇はわなないている。

「千崎…」
「みちる、それは…」
「ねぇ、……そうしたら、わたしはどうなるかな」

“わたし”は、元の異世界に帰るの?
もう、ここには二度と戻って来れないの…?

「でも、わたし…みちるさんがこの身体に戻るなら…もうここには」
「ふざけんな」

獄寺がみちるの台詞を遮った。
だって、その後に続く言葉は、(もうここにはいられない)(わたしはこの世界の人間じゃない)(だから)(サヨナラ) ( ? )

「獄寺」
「あぁ?」
「…でも、みちるは、今ここにいるみちるだけじゃないんだ」

「“千崎”もいるんだ。オレは、千崎のこと覚えてる」
みちるは異世界の子。千崎はこの世界の子。
山本の中で、この“千崎”と“みちる”、ふたりは別人だった。

しかし獄寺にとって、みちるは今目の前にいる、この子しかいなくて。

「…意味わかんねぇんだよ。千崎は…そこにいるお前で、…じゃなきゃ…オレは……」
「獄寺。…オレの知ってる“千崎”のこと、否定しないでくれよ」

みちるは、ふたりの間で、泣きたい気持ちを懸命にこらえていた。
わからない。自分はどうするべきなのか。
仮にそれがわかったとして、自分は何か実行できるのだろうか?

わたしを庇ってくれる獄寺くん。
“こっちの世界のみちる”さんを庇ってくれる山本くん。

わたしは、どちらに応えるべきなのだろう。



ツナは、悲痛な声で言い合う獄寺と山本を交互に見つめながら、考えていた。
こちらの世界のみちるが、身体を取り戻そうと出てきただって?

「ほんとに、そうかな…」

ツナの呟きは、すぐ傍にいたリボーンにしか、聞こえなかった。

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