どのくらいの間、そうしていただろうか。
不意に雲雀がソファから立ち上がり、自身のデスクのほうへ歩いていった。

みちるは、まだ熱の覚めやらぬまま雲雀の背中を呆然と見つめていた。
ええと、わたしはどうすれば―― そんな風に思っていると、ドンドン!と応接室のドアを乱雑にノックする音。みちるはびくりと肩を震わせた。

「恭弥!いるかー…って、おぉみちる」
「っわ、ディ、ディーノさん!!」
「やっぱりお前らここに…って、どうしたみちる?顔赤いぞ」

返事を待たずして部屋に入ってきたのはディーノだった。修行の再開を伝えに来たようだ。
みちるはディーノの言葉に、慌てて自身の両頬を両手で包み込んだ。見られた。なんて恥ずかしい!

雲雀は黙ってデスクの上に置かれていたトンファーを手に取った。
そしてつかつかと出口に向かって歩いていく。みちるがなんとなく雲雀のほうへ視線を向けていると、不意に目が合った。

「……っ、」

みちるはその瞬間、何かが弾けたように、応接室を出て行った。駆け足というレベルではない。全力疾走だった。
「お、おいっ、みちる?」ディーノの脇を駆け抜けていったみちるは一度も振り向かなかった。あまりの慌てっぷりに、ディーノは唖然とするしかなかった。

「再開でしょ。早くしてよ」

雲雀も続いて応接室を出て行く。
みちるの後を追う気はないらしい。雲雀は屋上へと続く階段を上っていった。
ディーノを遅れて追っていたロマーリオは、その階段を下っていた。

「ああ恭弥、みちる嬢はどうした?」
「さあね」
「あ、ロマーリオ!みちるはそっちへ行ったか?」

期せずして、階段で三人が対面する形となった。

「いや、来てねぇぜ」
「そうか…どこ行ったんだろうな」
「外に出ちまったんじゃねぇか?ボス、護衛だろ。追ったほうがいいんじゃないのか」
「あ…いや、…そうだな」

「再開って言ったのはそっちだろう。早くしてよね」

階段の上から雲雀が静かに言う。すっかり今の気性は戦闘モードである。ディーノはため息をついた。

「恭弥、お前みちるに何かしただろ」
「別に。だいたい、貴方に言う必要はない」
「…はあ。ま、いいか」

とりあえずリボーンに連絡しとくか。ディーノがそう言うと、ロマーリオがすぐさま携帯電話を取り出した。

「まだまだ青いな、中学生」

真っ直ぐな気持ちを言葉で伝えられない。それは年齢というよりは、雲雀自身に問題があるような気もするが。
だからと言って、他人の前で態度に出すこともできない。
それとも単に、雲雀の場合、戦闘以外のものは二の次なのかもしれない。

みちるが雲雀といることに居た堪れなくなって逃げ出したのは事実だが、それは雲雀を嫌っているからではない。
雲雀は、全力疾走で去っていったみちるを見て、無意識のうちに頬の筋肉が緩んだのを感じた。

以前のように、人の気持ちなんて関係ないなんて、もう思えない。
彼女を腕の中に閉じ込めて、体温を感じて、わかった。これがいいんだ。これを、求めていた。

どれだけ照れたっていい。怖いなら、逃げたって構わない。
信頼して、身を委ねて、彼女の意思で、傍に、いてほしい。

――そうか、僕は。
レスポンスが、信頼が、血の通った意思が、 欲しかったんだ。


逃げ出したみちるを腕ずくで捕まえることは容易い。
しかし、構わなかった。逃げ出しても構わない。その意味が、はっきりわかった。

彼女はまたこっちを向いてくれる。
だから大丈夫。その信頼関係が、もう、あるのだから。






「あああ!鞄忘れた!!」

みちるは校門を出て50メートルくらいの地点でそう叫んだ。
雲雀に抱きしめられ心臓は暴れまくり顔は真っ赤で、その上全力疾走してしまった。しかも応接室に忘れ物ときた。
みちるは混乱する頭を抱えながら、だが身体はしっかり疲労していた。「ちょ、ちょっと休憩…」そんなことを言いながら、みちるはその場にへたり込んだ。

思い出すたびわけがわからなくなる。
そして恥ずかしくて消えたくなる。
なんで雲雀さんはわたしなんかを、だ、抱き、抱きしめた、んだろう。

「ふぇ…やばい…」

拒めなかった。雲雀さんがあんな風になったの、見たことない。漫画じゃありえない。
けど、わたしは、嫌じゃなかった。雲雀さんのことは嫌いじゃない。けど、好きとか嫌いとか、そういう感情とはちょっと違う気がする。
なんていうんだろう。不安定な気持ちが、迷いが、あのときだけはなくなった。安心した、とでもいうのだろうか。

けど、思い出すたび、恥ずかしくて消えたくなる。リターン。アンドエンドレス。


みちるはバチン!と頬を叩くとダッシュした。
とにかく、混乱状態に陥っていたのは確かなのだ。こんなんじゃいけない。とにかく落ち着こう!

みちるが向かったのは、並盛山だった。

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