カキーン!
気持ちのいい音が、グラウンドに響き渡る。
スタンドで観戦していたツナたちも、並中側のベンチも、山本の活躍に大興奮だ。
「ホームランです!」
「さすが山本!」
すごいね!と言いながら、京子がみちると顔を見合わせる。みちるも興奮気味に頷いた。
野球のルールはよくわからないし、大好きなスポーツではないが、ホームランがすごいことくらいはわかる。加えて、打ったのは山本である。
ベンチに戻る途中、山本はツナたちのいる辺りを振り返った。
そして、大きく手を振って、にかっと笑って見せた。
ツナやフゥ太が、嬉しそうに手を振り返す。
ふと、山本の視線がみちるに移った。
誰を見ているわけでもなかった彼が、今はみちるにだけ焦点を合わせている。
ツナや獄寺は気付かなかったが、みちるにはわかった。
「?」
ここからでは声は届かないだろう。みちるは微笑んで応えた。
すると山本は、満面の笑みで、ピースをした。
それに気付くと、みちるもにっこり笑ってピースを向けた。おめでとう、すごいよ!それが伝わるといいと思いながら。
「あれ?山本の今のピースって…」
ツナが、くるりと顔だけみちるに向ける。みちるは依然ピースをしたまま、ツナに対し、へへっと笑って見せた。
自分は、クラスのヒーローを、今この瞬間だけ、一人占めしたらしい。
みちるは、ちょっとした優越感に、素直に喜び頬を染めた。
「お疲れさま、山本!」
「山本!極限によくやったぞ!」
試合が終わり、軽く反省会を行い、そこで解散となったらしい。
学校の校門でツナたちは山本を待っていると、程なくして彼は現れた。
そのまま、ハイテンションのまま彼らは街を少し歩き回って、それぞれの帰路についた。
みちるは、少し頭が痛かった。
先程まで、ツナたちと騒いでいて、忘れていたのかもしれない。
ここ最近、たまに頭痛がみちるを襲う。前は…そうだ、骸が憑依していたあの少年と会う前。
確か今日、彼もまたあの野球場にいたはずである。もう、話をすることは叶わなかったが。
彼の存在が、もしかしたら、何か関係していたりするのだろうか。
けれど…とみちるは思った。この頭痛は、事故の後遺症なのだ。彼が関係しているとしたら、その原因が見当たらない。
あの子じゃなくて、骸さんのせい?だったらどうして?マインドコントロールとか、憑依とか、そういう…?
そういえば、骸さんはマインドコントロールをわたしにかけようとしたとき、こんな風に頭痛がわたしを襲ったっけ。
…こんな風に…?
歩道橋を渡りながら、みちるは額に触れてみた。
徐々に痛みが引いていく。優しい夕日がみちるの影を長く伸ばす。
みちるは手を顔から離し、首を横に振った。考えを振り落とすように。
もういい。考えたってわからないことは、考えない。
積極的なのか消極的なのかよくわからない結論である。
みちるは顔を上げ、また歩き出そうとした。
その刹那、ちりん、と軽い音がみちるの耳に飛び込んできた。
(鈴?)
みちるが歩道橋から下を見下ろす。
もちろんそこは道路で、車が忙しなく走り抜けていく。
みちるがぼうっと、先刻の鈴の音の元を探すと、猫が道路の脇を歩いていた。
猫の首輪に鈴がついているのだろう。しかしみちるは、鈴のことなどもう忘れていた。
危ない、そう思ったのも束の間、その猫は道路に飛び出した。
猫は、危険を察知すると立ち止まってしまうのだ。
大きなトラックがみちるの視界に移った。
このままではあの猫は、トラックに弾き飛ばされてしまうだろう。
逃げて、逃げないと、死んじゃう 、
みちるは、ぞくりと肩を震わせた。
――知っている。
自分は、この瞬間を知っている。
あの猫と同じように、わたしもああやって、…多分、
死 ん だ の だ 。
(怖くて、動けなかった)
(きっと、大きなトラックの運転手さんには、小さな猫は見えないんだ)
(わたしもきっとそうだった)
(ちっぽけで見えなくて、)
(でもどこかであきらめて、)
(生きることを放棄 して 、 )
今だって同じだ、
救えるかもしれない小さな命を、わたしは簡単に、
トラックのタイヤが横に滑る音が、生々しく響いた。
もう間に合わない、そう思った。
見ていたくない、そう思ったのに、
視界に映った影に、みちるは釘付けになった。
猫ではない。
人だ。女の子。
あまりに見覚えのある姿。
やだ、
危 な い
「凪ちゃん!」
死んだはずなのに
わたしは生きていて、
気付いたら、この世界に、
図太いって言われたって、誰にも望まれなくたって
わたしは 生きていて…
これからもずっと、この世界で生きていきたくて
たとえ、
何かが間違いだとしても
なのに、ねぇ、どうしてかな、
わたしが今トラックに轢かれたわけでもないのに
目の前は真っ暗で、
ああ、もしかして、これが
―― サ ヨ ナ ラ ?
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