公園のベンチに、間に一人分ほどのスペースを空けて、みちると骸は座っていた。
…否、正しくは、彼は骸ではなく、骸の精神を宿した少年である。
「…何か、話したかったことがあるのではないですか?」
骸が言った。
みちるはぴくりと肩を震わせ彼を見た。
「……あの、まずさ、」
「はい」
「…いいの?答えてくれるの?わたしに?どうして?」
みちるの質問攻めに、骸は小さく笑った。
「貴女こそ、よく僕だと知っていてノコノコついてきましたね」
「………」
「僕は敵ではないのですか?」
「……それは、貴方も一緒だよね…?」
みちるがそう問うと、骸は笑みを崩さぬまま言った。「ええ、そうですね…」
「……じゃあなんで」
「おそらく、貴女と同じ気持ちですよ」
「……?」
「みちる、きみは僕のことを、“ただ憎むだけの対象じゃない”と表現しましたね。僕も同じなんですよ」
僕も甘くなったものです――そう、自嘲気味に骸は呟いた。
「さすがにきみのように、他人のことをすぐに“信じる”ことはできませんがね」
それでも、自分はすごいことを仕出かしたのではないか、とみちるは思った。馬鹿みたいに、開いた口が塞がらない。
「…そっか、けど…ありがとう…」
骸は何も言わなかった。呆れが混じっていたのもある。
どうしてこの子は、そんなちっぽけなことに、礼を言うほどの喜びを見出せるのだろう。
「…さて、せっかくですから、僕の質問にも答えてください」
「え?う、うん」
「どうしてこの少年に憑依していることがわかったのですか?」
「それだけじゃあない、」骸は続けた。
「一ヶ月前…聞きそびれてしまいました。どうして貴女には憑依もマインドコントロールもできないのか」
みちるはぽつりぽつりと、話した。「わたしの、仮定なんだけど――」
一度彼には話したはずである、みちるがこの世界の人間ではない…かもしれないこと。
だから、精神と身体が別物だから、精神はこの世界のものではないから、憑依ができないのだと。
「なるほど」
「…単純な仮定だけど、そういうことだと思う」
「そうですね」
骸は少し考えるような仕草を見せた後、言った。「…しかし、どうして僕がこの少年に憑依しているのがわかったか、の答えには繋がっていません」
「あ…そう、そう…だね」
「それから、きみの態度も気になっていたんですよ。どうして敵を前にしてあんなに余裕ぶっていられたのか」
「…え?」
「まるで、これから起こることがわかっているかのようでしたよ」
骸のその言葉に、みちるは大きく動揺した。
だが、骸と視線を合わせると、まるで金縛りのように動けなくなった。
見た目こそ少年だが、その瞳は骸そのものだった。
「みちる、貴女は…」
「……骸さん…教えてほしいことが、あるの…」
「…なんです?」
自分の質問は一旦押し込め、骸は微笑んだ。
みちるの瞳が何かに怯えていた。彼はそれを見て、喉に言葉を詰まらせた。
…ああ、本当に自分は、甘くなってしまった。彼女に、対して――?
「わたし……どうして、ここに来ちゃったの…かな…?」
――それは。
自分が、異世界の人間だから、そう思うのですか?
「みちる」
「…なに?」
「貴女は…未来が見えるのではないですか?」
骸の問いかけに、みちるは小さく頷いた。
「…だから、僕のやることがわかっていたというわけですね。あの戦いの勝敗も知っていた。だから余裕ぶっていた」
「……未来が“見える”んじゃないの。ある程度先まで、“知ってる”っていうだけ」
「ほう…」
「それに、全部知ってるわけじゃないの。自分に降りかかることが、いちばんわからないの」
「どうしてですか?」
「…わたしが知ってるのは、この世界の動きだけだから」
だってわたしは、この世界の住人じゃないから。
「わたしがここで生きていていいか、…わからない」
(だってこの世界には、この身体の持ち主がきっといたはずで)
「わたしがいることで、沢田くんたちの重荷になってるの」
(だって、“守る”ってことは大変だから)
「未来を知ってても、何の役にも立てない」
(勇気が足りない、この世界の動きを乱すことが怖い)
「…でも、帰りたくないなんて、思ってるの」
本当は、帰る術も知らないけど。
もし蜘蛛の糸が降りてきたとしても、わたしはきっとそれを掴まない。
あまりにも、この世界が優しいから。
…馬鹿だね。
わたしは、この世界に、甘えてちゃいけないのに。
そんな資格、きっとわたしにはないのに。
「みちる」
骸の声が、みちるの耳から、脳に入ってくる。
「きみはここにいる。それだけは事実なんだ」
偶然も必然も、世の中の流れも関係ない。
もし、自分に都合の悪い世界なら、壊して作り変えればいい。
未来だって、生き方によって変わるもの。
だから、気にしなくていい――
「…それでいいじゃありませんか」
少なくとも、
「僕は、みちるに会えてよかったですよ」
きっときみは、
また、僕の前に現れる。
あるいは、僕の仲間の前に、かもしれませんが、ね。
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