わたしはこのままこの薄暗い研究室で、匣の研究に生涯を費やし一生を終えるのだろうか。そんな疑問は、ある日あっけなく解決を迎えた。ミルフィオーレファミリーが解体したとか、ボスの白蘭という男が捕まったとか、どれが本当の話か判然としないまま、とにかく匣研究の分野にひと区切りついたということだけは事実だ。

「少しは仕事が楽になったんじゃない?」
「まさか。今はここにある膨大な資料のまとめと、歴史書を書く依頼を請け負ってるところです」

 雲雀さんは匣の調査のために、半年ほど前からこの研究室に出入りしている。短時間の情報交換をする以外には自らの話をすることは稀で、わたしは彼がボンゴレの関係者であることしか知らない。
 近年、匣とリングを取り巻く不可思議な“偶然”の連続により、匣(ボックス)と呼ばれる科学兵器が、実戦用に急速に発展した。わたしたち匣研究者はその調査を生業としていたが、蓋を開けてみたら、白蘭の能力とやらがその偶然に起因していたとか。「朗報だよ」と言いながら、薄っぺらい調査報告書をわたしの目の前に置いた雲雀さんのいやらしい笑顔は、おそらく一生忘れないだろう。
 この研究室は、ボンゴレファミリーから膨大な資金を受け取る代わりに、報酬分の武器やリングの提供を行ってきた。窓口はCEDEFだ。ボンゴレの危機や匣の研究が区切りを迎えたことで、外部の研究機関であるわたしたちにも、今後の体制などに何かしら変化が現れるだろう。そもそも今までがおかしかったのだ。人手が足りず、忙し過ぎた。ああでも、とうとうお役御免かもしれない、と考えた矢先に原稿執筆の依頼。失業を免れたのはありがたいが、せめて有給を使ってバカンスくらい満喫したかった。

「そうそう、これからは僕の財団が窓口になるから」

 もうCEDEFの人間はここには来ないよ、と雲雀さんが言ったので、は?と反射的ないらえが出た。雲雀さんの財団。そんなものは初耳だ。ボンゴレとの繋がりはどうなるのかとか色々訊きたいことはあったが「きみにはうちで働いてもらうよ」という言葉に仰天して、わたしはその場に立ち上がった。腰掛けていた愛用の椅子が後ろに吹っ飛んだ。

「え、あの、原稿の仕事……」
「室長の方が適任でしょ。それに、長期休暇が欲しいって言ってなかったかな」

 雲雀さんの手にはアマルフィ海岸の美しい写真があった。右下に旅行会社のマークが印刷されている。雲雀さんに全く似合っていなくて笑ってしまった。

「朗報だろ?」

 にたりと微笑んだ顔が美しく、わたしは何も言えずに頷いた。

≪back


- ナノ -