猫みたいだね。彼がわたしに発した初めての言葉はそれだった。
 わたしは純粋な日本人だが、生まれつき身体の色素が一般的なそれとは異なり、白髪混じりのグレーの髪と青い瞳をもっていた。これが原因で幼い頃はいじめっ子に追い回されたものだ。
 ある日、意地悪なクラスメイトから逃げている時、道端で偶然ぶつかってしまった彼、当時小学生の「何群れてるの」と言いながらわたしをぶった奴らを滅多打ちにした。ありふれた黒髪をもつ彼が、世界でいちばん美しいと思ったのはその時だ。
 ぽかんと口を開けたままその美しい横顔を見上げるわたしを見て、彼は言った。ロシアンブルーの猫みたいだね、と。
 小学校を一足先に卒業する雲雀先輩に、行かないでくださいと無理難題をぶつけわたしは泣いた。きみも並中に来ればいいと最もな言葉で諭され、わたしは泣き止んだ。
 並中の卒業式の後も、わたしは雲雀先輩に対して行かないでくださいとわがままを言った。先輩は、並高に来ればいいと言った。
 並盛高校入学のタイミングでわたしは髪を黒く染め、黒のカラコンを着けた。教室の違和でしかなかったわたしにも、初めて友達と呼べる人ができた。簡単に世界は見違えた。
 わたしは並高で雲雀先輩を探したけれど、友達の手前、なかなか彼に近付くことができなかった。あんなに離れがたかった先輩が、急に遠い存在に思えた。ありふれた黒髪は変わっていない。出会った時から、彼はひとつも、変わっていない。

「生命エネルギーである死ぬ気の炎を研究し、日本の医療に貢献したい」

 数年後、ごくありふれた、高尚な綺麗事を並べ立て研究職に就いたわたしは、どこでどう道を違えたのかマフィアと太いパイプをもつ研究所で日々検体とにらめっこをしている。
 死ぬ気の炎は便宜上の呼び名だが、そのルーツはイタリアのマフィアにあるらしい。スケールの大きな話だった。グレーの髪も青い瞳も、この場所では取るに足らない、ちっぽけな小娘の個性のひとつでしかなかった。

「ワオ。きみ、いつかのロシアンブルーの猫?」

 頭上から降ってきたその声に、わたしは驚き顔を上げた。いつかのように、雲雀先輩がわたしを見下ろしていた。なんでここに、と口をついて出た言葉に、彼は「取引先」と短く答えた。

「周りの草食動物と同じ黒髪は楽しかった?」

 意味深な質問にわたしは一瞬、言葉が出なかった。たとえ友人や憎きいじめっ子と同じだとしても、雲雀先輩と同じ黒髪が、今でもわたしは恋しい。でも先輩に見つけてもらえるなら、ロシアンブルーも悪くはないと思う。

「先輩、行かないでください。もうお別れは嫌」

 わたしの何度目かわからないわがままに、彼は笑って応えた。僕はもう卒業はしない。変わったのはきみだろ?そう言った。本当にその通りですね。そう言ってわたしは涙を流した。

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