初めは小さな野の花だった。無邪気な笑顔でわたしの元に走ってきたフゥ太くんは「お姉さん、お疲れ様」という労いの言葉と共に、白い花を一輪、わたしのデスクに置いた。わたしは小さな紳士の気遣いに感激し、感謝を述べてから、花を小瓶に生けた。
 フゥ太くんのささやかな贈り物はそれで終わりではなかった。野の花を受け取る時はさして気に留めなかったが、可愛らしい一輪挿しを持ってきた時は「誕生日はまだだよ?」と首を傾げたものだ。

「ママンのお手伝いをして、もらったお小遣いで、お姉さんにプレゼントを買ったんだ」

 意気揚々と話すフゥ太くんに、じゃあお礼にとアイスクリームを買ってあげた。フゥ太くんは大層喜んでくれた。
 わたしもフゥ太くんに感謝はしているけれど、彼のように全身で喜びを表現できないし、なんだかもらってばかりだな、と背中がむずむずした。
 十六歳に成長したフゥ太くんは、ボンゴレ日本支部でボンゴレファミリーのお手伝いを始めた。わたしは相変わらず、一般の保険会社を装いつつボンゴレの会計担当者が詰めるボロい事務所で電卓を叩いている。
 使者としてよくボロ事務所にやって来るフゥ太くんは、その度にわたしのデスクに「お疲れ様」と言いながらスイーツや飲み物を置いていく。

「わたしばっかり悪いよ。今度ご飯に行こうか」

 フゥ太くんは笑って「僕が好きでやってることだから気にしないで」と言う。無理やり食事に連れ出すこと数回、彼はいつも嬉しそうにわたしのご馳走するご飯を食べてくれるが、大概「昨日はありがとう。これお礼」と言って花束を持ってきたりするから、わたしはもうこれ以上どうして良いやら悩む羽目になっていた。断ろうにも「僕がやりたいんだ」と言うし、迷惑?と訊かれるとそんなことないけどと歯切れの悪い返事が飛び出すばかり。一途な年下の男の子にモテて良いなぁ、なんて同僚の軽口にも「いや、真剣な話、どうしたら良いと思う?」と縋ってしまう始末だ。
 もう十六歳のフゥ太くんはわたしの身長などとうに追い越して、かっこいい男性そのもので、アイスクリームなんかで引き下がるとは思えない。

「フゥ太くんにこれ以上どうやって感謝を伝えたら良いのかわからないな。何か欲しいものある?」

 焼き鳥屋さんで砂肝を咀嚼しながら、カウンター席の隣同士に座るフゥ太くんに問う。フゥ太くんは穏やかに微笑んでじっとわたしの顔を見つめている。彼はいつもこうだ。
 欲しいものならあるよ、と珍しく遠慮なく口を開いた彼に、なになに?と詰め寄る。

「お姉さんをお嫁さんにもらう権利」

 ぽろりと箸から砂肝が落ちる。わたしばっかり、もらってばかり。果たして何年もかけて奪っていたのはわたしではなく、彼の方だったのかもしれない。

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