「みちるちゃん、浴衣出しておいたわよ」

おばさん…こちらの世界のみちるさんのお母さんが、わたしにそう言った。
彼女は、いつからかわたしのことを、“みちるちゃん”と呼ぶようになった。
確か、病院で目を覚ましてすぐは、“みちる”と呼ばれていたはずなのだが。
そんな風に接しないでほしい。まるで距離を置こうとしているよう、だから。
…彼女なりのけじめ、とかかも、しれないけれど。わたしはこの人の娘じゃないから。

「今日はお仕事が午後からなの。よかったわ」
「そうですか?」
「みちるちゃんを着付けてあげられるもの」

…未だに、愛されているのかいないのか、よくわからない。
“わたし”が、両親でもないこの人たちに愛されたいと思うのは間違いかもしれないが。

今日は、並盛神社で行われる、夏祭りの日だ。



お祭りに行く、と決めたのは、昨日山本くんにいきなり「みちる、明日祭行くだろ?」と言われたからだ。
「へ?うん?」ととっさに返事をしたら、んじゃーオレらの屋台来いよなーと言われてしまった。
うん?が、肯定だと思われてしまった。すると後ろから獄寺くんも「お前も来るなら手伝えよ」と(高圧的に)言うものだから、なんだか後に引けなくなってしまったのだった。
でも、屋台の場所とか聞いてないし。約束もしてないし。
いざお祭にやって来たら、あまりに人でごった返していて、彼らとは会えそうもないなぁなんて半ば諦めムードだった。

「おい、みちる」

またも高圧的な声。思わずびくりと肩を震わせて振り向くと、そこにはリボーンくんがいた。

「あ!リボーンくんか…こんにちは」
「ちゃおっス。なんだ、誰だと思ったんだ」
「獄寺くんに、手伝えって言ったろーがとか言われて連行されるのかと…」
「手伝えなんて言われてたのか。愛されてるな」
「愛され!?それは違うよ!」
「だったらパシリだな」
「…愛されてたらいいなぁあはは」

まぁ、疑いようもないパシリなんだけど。

「リボーンくんは、射的おめでとう」
「やっぱり知ってるのか。さすがだな。それとも見てたか?」
「ごめんね…見てない」
「じゃあ、もう一回やって見せてやる」
「いいよ!屋台の人可哀想だから!!」

屋台の方向に歩き出そうとするリボーンくんを、わたしは慌てて呼び止めた。
オレの腕前を見られるなんて光栄に思えよ、遠慮しときますってば!そんな不毛なやりとりを続けていると、向こうからランボくんが走ってきた。
リボーンくんは、わたしに止められたイライラもまとめてぶつけるように、ランボくんに向かってスクリューキックをかました。
あれは八つ当たりだ、ただの!

「ちょっとリボーンくんんん!?」
「そろそろ盆踊りが始まるな、じゃあなみちる」
「…気は…済んだのね…」

泣き喚くランボくんを放って、リボーンくんはさっさと歩いていった。
わたしは慌ててランボくんに駆け寄った。いつの間にかイーピンちゃんも一緒だ。
大丈夫?と話しかけ抱き上げようとすると、ランボくんはモジャモジャ頭の中から、バズーカを取り出した。
わたしは本能的に飛びのいた。このままだと10年後行きだ!

ドカン!という音と共に、辺りを煙が包み込む。
案の定、煙が晴れた後その場には、大人ランボくんと大人イーピンちゃんの姿。

異世界からトリップしてしまった、…かもしれないという自分も相当ありえない話だが、やっぱり10年バズーカの効力には毎度びっくりだ。
呆然とふたりを見つめていると、ふたりが同時にわたしを見つけた。そして、キラキラの笑顔を向けてくれた。

「あぁ!お久しぶりです、若きみちるさん」
「あ、みちるさーん!こんにちは!」

イーピンちゃんは花柄の浴衣、ランボくんは相変わらずの牛柄シャツを着ていた。
ランボくんは綿菓子を持っている。子どものランボくんのモジャモジャ頭を連想させるそれに、ちょっと笑った。

「浴衣、お似合いですよ」

ランボくんはわたしの姿をまじまじと見て、言った。
わたしは不意打ちの甘い言葉におどろいて、みっともなく顔を赤に染めた。
ランボくんはトドメを差すように「可愛いですね」と言ってのけた。ああもう、このイタリアーノめ!
イーピンちゃんは、「あ、沢田さんだー!」と言いながら、神社の方向へ向かっていった。
あっちの屋台、わたしもまだ行ってないのに!しかも沢田くんたちがいる。わたしも行かなきゃ!と思った。何しろ今日のわたしは獄寺くんのパシリ予定だ。

「ランボくん、わたしたちも…」

ぐい、と腕を引かれた。見ると、それは牛柄シャツに包まれたランボくんの腕で。

「せっかく久しぶりにお会いしたんです。デートしましょうよ、みちるさん」
「で、でででーと!?や、あの、…お、お小遣いあんまりないよ…?」
「オレが奢りますよ」
「だって、ランボくん300円までじゃ…」
「何の話ですか?」

あ、そういえばこの人大人だ、と思った。
未来から来たとき、お財布も持ってきたのだろう。だって綿菓子も持っているし。きっと彼もまた、10年後にどこかのお祭りにいたのだろう。

「もう子ども扱いしないでください、みちるさん」

にこりと優しげな笑顔を向けるランボくんは、本当にあのモジャモジャ頭の子どもランボくんと、同一人物とは思えない。
子ども扱いしていたわけじゃない。ただのわたしの勘違いだ。現に彼はこんなに身長が高くて、かっこよくて。

「ご、ごめんね、違うのランボくん。ただの、わたしの勘違いで」

焦るように、バカ正直に言い訳をしてしまう。変だな、わたし。ランボくんはそんなことで怒らないと思うんだけど。
ランボくんはまた、微笑んでくれた。すごく優しい笑顔だ。可愛いとも思う。

「みちるさんのそういう真面目なところ、素敵です」

かぁっと、顔に熱が集まるのを感じる。
イタリアーノだからか。女性を仔猫ちゃんだとか言ってのける彼だからだろうか。なんにせよ、深い意味ではないだろう。
なのに男の人に免疫のないわたしは、勝手に顔を赤くする。ああもう、みっともない。一応わたし、年上なのに。

「ごごごごめん!ごめんね!」
「何を謝っているんです?みちるさんは何も悪いことはしていません」
「…う、なんか、…情けなくて」

しゅんとうな垂れるわたしを見て、ランボくんもまた少しだけうろたえた。
わたしはそんな彼を見て、慌てて「ほ、ほんとにごめんね!」と言った。謝ってどうする。謝らなくていいと言ったのは彼なのに。

「みちるさん、デートだって言ったでしょう。あと三分もないかもしれません」
「ええ!?あ、そ、そうだよね!」
「ですから、謝らないでください。デートしていただければ、オレは満足ですから」

…優しい。山本くんや沢田くんも優しいけれど、ランボくんも本当に優しいと思った。
何より、女の子の扱いに慣れている。でも、彼からは他の女の子の影もさほど感じない。
…いい子、なんだな。そう思った。

「みちるさん」
「へ?」
「みちるさんの、初心で男性慣れしてないところ、オレ、好きなんですよ」
「は、はああ!?」
「可愛いと思います、…とても」

いつの間にか、わたしの腕を掴んでいた手はわたしの左手を握っていた。
ドキドキする。…ああ、彼がいくつ年下だと思ってるんだ!今はひとつ年上だけど!

「オレの周りにはいないタイプです」
「…モテるもんね、ランボくん。周りの女の子って、積極的なんじゃない?」
「そうなんですよ。みちるさんみたいな女性は珍しいです」

ランボくんは、「あ、綿菓子あげますよ」と言って綿菓子をわたしの手に握らせた。
甘い味が口の中を広がる。まるで、ランボくんみたいだ。…なんていうか、彼は、甘い人だと思う。

「だから、貴女が可愛くて仕方ないんです」

もし、彼と過ごす時間があと三分じゃなくて一日くらいあったとしたら。
わたしの心臓は、暴れすぎておかしくなってしまっただろうな、なんて思った。
「あ、すみません。綿菓子、オレもちょっと食べたので」と今更言うものだから、わたしは少しむせてしまった。
どれだけドキドキさせるつもりだ、この人…!

…でも、優しい人と過ごす時間は、優しいから。
一日くらい、このランボくんと一緒にいたいなんて、思ってしまった。

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