あたしの未来予想図はね、山本くん。
マフィアなんておっかない人と一緒になるなんて、そんな予定はどこにもないのよ。

「…っ」

って、言ってやりたかった。
でも、目の前の山本くんの切なげな視線に、心が燃えつくされたみたいだった。

と、突然、山本くんは、ピカッと光るみたいな笑顔になった。

「じょーだん」
「じょー… は?」
「だから、冗談」
「うそ」

咄嗟にそう言い返す。
訝しげな表情のあたしを見てか、山本くんは困ったような笑顔に変わった。

「…振られるのは勘弁だ、浅葱」
「……」
「俺だって、好きな人と一緒になるっていう、夢が見たい」
「………」
「人殺しの俺に、そんな資格がないなんて、言い尽くされてるんだ。もう聞き飽きてる」

ぎゅっと、心臓が苦しくなった。
喉が、器官が、いきなり誰かに握り締められたみたいに苦しい。
この気持ちは、果たして同情でしかないのだろうか。

「本当のことを言わなければ、きっと俺にだって、普通の恋ができる」

だけど、ダメなんだ。
山本くんは相変わらず、何かを諦めたような、寂しげな笑顔だった。

「本当に、一緒になりたいくらい好きな人だったら、…俺の素性を隠して、騙すなんて、できない。…それで、振られるって、わかってても」
「あたしは、」

あのときの気持ちに、愛情だなんて、恋だなんて、大それた名前をつけることはできない。
だから、今のこの気持ちだって、きっとただの同情なんだ。

「そういう貴方だから、好きになったの。…ずっと、前の話、だけど」

山本くんは笑った。嬉しいって言った。
何が嬉しいのって訊いた。浅葱が俺のことを、一時でも好きになってくれたからって、答えた。

「聞いてくれてありがとう、浅葱」
「ううん…、言ってくれて…ありがとう…」

どうしてあたしのこと好きなのって、訊きたかった。
でも訊けるわけなかった。結ばれないという事実を暗に突きつけておきながら、そんなことを訊くなんて残酷なことだ。

あたしは貴方を、好きにならない。
好きだけど、好きだったけど、認めない。

だって、いつか必ず別れが来る。
あたしは、日本の家族を置いてはいけない。
あたしの平穏な未来を、捨てることはない。

本当にあたしを好きなら、あなたの大切なものを先に捨ててみてよ。

あたしがそれを言えないことも、山本くんは、知っていた。
「俺のほうこそ、そんな浅葱だから、好きになったんだ」だって。…ひどい話だ。

あたしのために、一度友達のために賭けた人生を捨てるような男なんか、こっちから願い下げなの。


…山本くんはまだ、捨てていないのだが。





内定が出た。
第一志望の、安定型の鑑とも言えるべき地元の金融業。
あたしの就職活動は、晴れておしまいとなった。

あたしはこれから、きっとすてきな旦那さんを見つけて、可愛い子どもを産むだろう。
子どもをスイミングスクールに通わせて、女の子だったらピアノと習字を習わせたい。
男の子だったら、少年野球をやらせて、日曜日の夕方には、彼のお父さんとキャッチボールをするの。
おばあちゃんもお母さんもお父さんも、あたしの子どもにメロメロ。
学校では、クラスでいちばんに九九を覚えてヒーローになる。

それから、

それから…



ふと、思い出した。
あの日から、山本くんに、会っていない。

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