声紋認証に指紋認証。
この時代の技術力と、ボンゴレの格式を痛感させられる。
あたしの感覚は未だにこの“10年後の世界”に慣れてはいない。
もうこの時代に来て、一ヶ月が経つというのに。
所詮、14歳のあたしは、この時代においてはただの迷い子で、異端者なんだ。

…だって、外に出られないんだもん。




……いや、でもね。
14歳だろうが24歳だろうがあたしはあたしなんだけど。
どうして声紋認証も指紋認証も、あたしを阻むの。
もしかしてジャンニーニさん、あたしを出られない設定にしちゃった?というか、未来のあたしも出られない設定??
…彼が見当たらない今、何も言えないのだけど。

今わたしは、ひとりでボンゴレアジトを探検していた。他に、することがないのだ。
さっき大広間の前を通ったら、わずかに扉が開いていて、中で沢田くんとランボくんが深刻そうに話していた。…まさか、あんな空間にずけずけ入っていくわけにいかなくて。
他の守護者のみなさんは、任務で外出中だ。

ふと、半月前もこの場所を探検したことを思い出した。…山本くんと、一緒に。

一ヶ月前までのあたしだったら、山本くんと一緒に歩けるだけでも幸せだったのに。
半月前のあたしは、この時代の山本くんの隣を歩くことにびくびくしていて。
そして今のあたしはといえば… 山本くんとの間に、大きな亀裂が生まれてしまった。

…そういえば、半月前のあのときから、すっかり山本くんと会話をしていないことに気がついた。

後悔して、またびくびくして、近づくのが怖くて。傷つくのが、怖くて。
あたしは山本くんのことが好きだ。だから、改めて向き合って、再び拒絶されるのが怖い。
…こんなあたしじゃあ、彼のことを助けてあげることなんてできっこない。
もともと、それ自体が大それた考えだったとも、思うけれど。

『山本は、千崎さんが好きなんだ』
『――すがりたかったんだ』

ねぇ、“ボス”。
あたしには、彼と向き合う自信が足りないんだって、わかっています。

けれど、もう…



「……あ、れ?」

前方から、風が流れてくる。
C出入口の扉。わずかな隙間。


…外へと繋がる扉が、開いている。


「は、」

はじめて見た。こんなの。
…思わず声が漏れてしまった。

あたしはきょろきょろと周囲を見回した。誰もいない。
…というか、そもそも、あたしは「外に出てはいけない」なんて誰にも言われていないのだ。
外に出てはいけない理由だって、あるのかないのかすらわからない。
この声紋・指紋認証は、ただのセキュリティだ。――と、都合よく結論付けた。

このとき、あたしの頭には「外に出てはいけない可能性がある」なんて保守的な考えは一切存在しなかった。
ただ、山本くんとの溝が深まっていること・久しく引きこもり生活をしていて青空を拝んでいないこと・一ヶ月も両親に会っていないこと…
小さな不満が募る毎日であたしの欲求はただひとつ、「外に出たい」だった。
状況の打開策は、それしか考えられなかった。要は、少しだけ気分転換がしたかった。

「ちょっとだけ、なら…」

あたしはそっと、C出入口の扉を押して、外に出た。




久しぶりに見上げた青空は、10年前と何も変わってはいなかった。

さて、どうしよう。あたしの家に行ってみようか。…いや、お母さんに会っちゃったらまずい。
そういえば、10年後のあたしは今どうしているだろうか。いきなり10年も成長しちゃって、お母さんたちはびっくりしているだろうな。
…山本くんは、10年後のあたしを助けてくれているだろうか。

外に出ても、考えることは結局同じ。自分のことや山本くんのことばかりだった。


「…こんなんじゃつまんないよ」


あたしは顔を上げた。
真っ青な空にぽっかりと白い雲が浮かんでいる。
くよくよしているのが馬鹿らしくなるような、すごく高い空。

怒られたって構わない。
あたしはあたしのできることをしよう。

――目指すは、並盛病院。

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