story
ぼんやりとした視界の端で、白衣の裾がひらりと揺れる。頬に触れた指はひんやりとしていて、まるで滑らかな陶器のようだと思った

「起きて、」

艶っぽい声が耳をくすぐる。何度か瞬きをすると、一瞬の眩しさと共に甘いようなそれでいてどこか酸いような果実の匂いが香った

「…んん……おはよセンセもうそんな時間…? 」

手を伸ばし、自分より一回りも上の可愛い人を見つめる。甘えるように頭の後ろに手を回すと、先生は嬉しそうに目を細めて笑った

「ふふ、そうよ寝坊助さん。お昼休みはもうおしまい」
「…いやや、センセともっと居りたいのに」
「あらかわいい子。でも駄目よ、ちゃんと授業は受けないと」

イイ人ぶった先生をぎゅうと抱きしめる。左手は頭に、右手は腰に。学校の備品なんてのはとくに高価なものじゃないと思うけれど、今は軋むそれすら愛おしい
熟れた果実が匂い立つ

「受けるから…ちゅーだけや、おねがい…」
「もう…わるい子ね…」

重なる唇が気持ちいい。絡む舌に甘さを感じて、香る果実はこの人自身なんじゃないかとさえ思った
愛しい人、俺の大好きな先生
右手をゆっくりと動かして、羽織っただけの白衣の中にそろりといれる。先生は気づかない

「センセ、俺…」
「ん、ぁ…どうかした?…」

綺麗な瞳が涙をためている。そうさせたのが俺だと思うと、嬉しいようでどこか悲しくなった

「俺、センセのこと好きやよ」

でもな、先生が俺のこと狙ってんのも知ってんねん

綺麗な貴女を愛したのは、俺の悪いところだと思う。何も知らないままなら良かったのに、そうだったら愛していられたのに

俺の腕の中で冷たくなる先生を抱いて、身体を起こす。結局、あの香りがなんだったのかは聞けないままだった

「ごめんな、センセ。これはもらっとくわ」

先生が腰に刺してあった、小さなナイフ
こんなもので俺と先生の愛はずたずたに引き裂かれたのだ。なんと辛い、まさに悲劇

抱き上げた先生は、気づかれたことも知らないまま眠るように死んでいる。それでいい。中にはハニートラップに引っかかって激怒の末に愛しい人をぐちゃぐちゃにする奴もいるけれど、どうしてそんなことをするのか
愛しい人はいつまでも愛しいままだと言うのに


裏切られたと思わなければいいのだ
全てを知っていたなら、裏切りなんてないのだから

「ちゃお、ボス。此処らのことは調べもついたで、ボンゴレの十代目は沢田綱吉。並盛っちゅうとこに住んどるんやないかな」

愛しい人を抱えて姿を消す。幻術をマジックだと笑ってくれた貴女は、結局、一体何処の誰だったのか
電話の向こうでは、ボスが笑っていた


君と僕はわるい人
(それでも愛してた)


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a。


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