幸せな、夢を見ていた

貴方が笑って、私も笑っている。ただそれだけの夢だった。中身なんて何もなく、語らうこともしないのにただただ穏やかに微笑み合っているそんな夢

夢の中の貴方は、粗忽さの微塵もない穏和を浮かべ、たおやかに笑っては私の手を取り優しく握ってくれるようなそんな人間だった。掌や指にある筈の、ナイフを握るせいで出来ていた硬いタコも、雨にも似た濡れるような血の匂いも、何もない。そこにあるのは平穏と、それから少しばかりの気恥しさ




幸せだった
幸せだから、これが夢だと知れた



「貴方、今何処にいるの?」


三ヶ月前。何気なく、そう何なら全くいつも通りに任務だと屋敷を出ていった貴方。連絡がつかなくなったのは、その一週間後だった

見つかった、とだけ呟いたのはボスだっただろうか。若しかしたらスクアーロだったかもしれないし、或いはルッスーリアだったかもしれない。レヴィかもしれないし、マーモンだったかもしれないし、部下か、それからそれから。兎に角貴方は、尊い貴方は、首だけになって帰ってきた。身体は、無かった




晒し者だ。可哀想な人だと思った
生前、終ぞ見ることの許されなかった瞳を濁らせ、美しかった髪は乱れ、血に汚れ、ざっくばらんに切られていた。頬が切れて、唇の端が裂けて、顔色も悪くて、まるで死んでいるみたい。そう、貴方は死体になって帰ってきた


なあんだ。貴方弱かったのね

唯一貴方に残された、位のない冠を指でなぞって、私はそう呟いた。私の頭を乱雑に掻き回したスクアーロの声が遠い。ルッスーリアも何か言っていたと思う。覚えていないけれど、多分



だから、これが夢だという事は分かっていた

本当の貴方は、捨てられた犬のようにダンボール詰めにされていたし、身体もなくしたままだから。私の手をとるなんてことは出来ず、椅子に腰掛けることも出来ない


分かっていた
分かっていた、のだけれど



「起きなくていいの」
「いいの、貴方といたいのよ」
「ボスが怒るだろうぜ」
「うん」
「スクアーロだってさ、心配してるかも」
「そうだね」
「……ほんとにいいのかよ」
「いいの」



頭の後ろの方で、ルッスーリアの冷たく引き攣るような声がする。バスタブに沈んでしまった惨めな女を、助けようとする声だ



「私、幸せだからそれでいいの」


ヒトゴロシが幸せになんて死ねないと、誰かが呪いのように言っていたけれど、そんなことはない。きっと、これが最善だった




「ねえベル、連れてって」



此処は幸せな夢だから、貴方には立派な腕がある。幸せだから、夢だから。描けないその先は分からないけれどきっと



「ボスにかっ消されるかも」
「そうだな」


幸せな、夢を見ている