鬼になる。 そんなことは過ちを犯した者の詭弁だと私は思っていた。 しかし、ごく身近な者がそうなってしまった時、私には鬼に魅せられただという言い訳しか頭に浮かばなかった。 雪俊(ユキトシ)様は鬼に魅せられ、鬼となった。 恐らくはあの日。 私たちが実の母親よりも慕っていた乳母が、無残な姿で雪の中に倒れているのを見た日。 雪俊様は鬼となったのだろう。 科人をこの手で成敗すると、出て行った後ろ姿を私は今でも忘れない。 そして、それを引き止めなかった己を今でも責めている。 生存を知らせとなる噂は、耳を覆いたくなるものばかり。 目的である科人の始末は既に成し得たのではなかろうか。 なのに何故、未だにその刀を振るうのか。 「長い間、お探ししておりました」 私の声は既に届いていない。 吐く息は生臭く、丸い月に照らされた眼光は獣のそれの様に妖しく煌めいていた。 かつての面影はまるでなく、最早人語を理解することもできなくなっている様子であった。 目の前に居るのは鬼である。 それでも私にとっては―――― 生温い風が吹き抜けた。 「幼少の頃よりお慕いしておりました」 私の呟きは、笹の葉のざわめきに掻き消された。 抜く間際、これ程刀が重いと思った事はなかった。 刃に月明かりが反射し、眩しく思えた。 向かい合う鬼の影がゆらりと揺れる。 私は地を蹴った。 それは一瞬で、そして音もなく終わった。 まるで花弁が舞い散るかのごとく、眼前を紅が舞い、 嗚呼、そうか。 と、私は思った。 [補足へ] |