イラスト1
紅の嵐

鬼になる。

そんなことは過ちを犯した者の詭弁だと私は思っていた。
しかし、ごく身近な者がそうなってしまった時、私には鬼に魅せられただという言い訳しか頭に浮かばなかった。

雪俊(ユキトシ)様は鬼に魅せられ、鬼となった。

恐らくはあの日。
私たちが実の母親よりも慕っていた乳母が、無残な姿で雪の中に倒れているのを見た日。
雪俊様は鬼となったのだろう。

科人をこの手で成敗すると、出て行った後ろ姿を私は今でも忘れない。
そして、それを引き止めなかった己を今でも責めている。

生存を知らせとなる噂は、耳を覆いたくなるものばかり。
目的である科人の始末は既に成し得たのではなかろうか。
なのに何故、未だにその刀を振るうのか。

「長い間、お探ししておりました」

私の声は既に届いていない。
吐く息は生臭く、丸い月に照らされた眼光は獣のそれの様に妖しく煌めいていた。
かつての面影はまるでなく、最早人語を理解することもできなくなっている様子であった。
目の前に居るのは鬼である。
それでも私にとっては――――

生温い風が吹き抜けた。

「幼少の頃よりお慕いしておりました」

私の呟きは、笹の葉のざわめきに掻き消された。
抜く間際、これ程刀が重いと思った事はなかった。
刃に月明かりが反射し、眩しく思えた。

向かい合う鬼の影がゆらりと揺れる。

私は地を蹴った。

それは一瞬で、そして音もなく終わった。

まるで花弁が舞い散るかのごとく、眼前を紅が舞い、

嗚呼、そうか。

と、私は思った。



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