毛玉だらけの草臥れたスウェットを着替えもせず、薄埃の被ったギターを引っ張り出して掻き鳴らす姿を見てふと思った。 「タカシくんってそんなにダサかったっけ?」 「俺ももうおっさんだからね」 スウェットと同じくらい草臥れた笑顔でまたギターに向かう姿は、やっぱりダサい。 「俺がカッコよかった事なんて一度もない」 デタラメにコードを並べながら、タカシくんはそう言ったけれど、それは嘘だ。 タカシくんは、誰よりもカッコよかった。 俺が物心ついた頃からタカシくんの周りには常に人が集まって居て、その誰もがタカシくんを尊敬し信頼しているのがそばにいてよくわかった。 俺はタカシくんの金魚の糞で物真似猿だったから、地元ではそれなりに人気者になれた。 今思えば痛々しい勘違いをしていた時期もあったけど、その人気が結局、タカシくんの七光りだと知ったのはタカシくんを追って上京してからだった。 タカシくんが東京でバンドをしていると知って、俺も早速バンドを組んだ。 でも、学祭バンドに毛の生えたような俺たちとタカシくんたちとでは、まさに月とスッポン、鯨と鰯、人気も実力も雲泥の差であることは誰の目からも明らかだった。 どんなに真似をしたって、俺は何もタカシくんの様には上手く出来ない。 幼い頃から、それが当たり前だと思っていた。 むしろ、やっぱタカシくん、すげえ!といつも、思ってたくらいだ。 だけど、この時ばかりは嫉妬した。 やっぱりタカシくんの真似だけど、ずっと続けてきたギターには自身があったから? ルックスだけなら自分たちの方が上だと思ってたから? いや、違う。 ライブ毎に増えるお客さんを見て、タカシくんがどんどん離れていく気がした。 「所詮、田舎者の集まりだよ。東京来たって、俺はお山の大将に過ぎない」 って、タカシくんは笑ったけれど、ファンの頭の上に大きな手が乗る度に、自分だけがタカシくんの特別だって思いが、揺らぎ始めていた。 いつか武道館でライブなんて日が来るのだろうと言う、勝手な妄想は俺を嬉しい様なさみしい様な複雑な気持ちにさせた。 なのに…… タカシくんは、バンドをやめた。 俺の期待も不安も裏切って、音楽活動全てをやめてしまった。 普通の会社に就職して、毎日普通にスーツ着て、普通に会社に行く。 今は普通のサラリーマン。 きっかけは、メンバーの一人に子供が出来たからと言ってたけど、それは建前で、本当は俺が二十歳になったからなのだろう。 あんなに輝いて見えてたタカシくんが、いつも俺のヒーローだったタカシくんがどんどん普通になって行く。 俺のせいだと思うと苦しくて、俺のためだと思うと嬉しいなんて、俺って嫌な奴かな? 「皆の人気者になるより、誰か一人の特別になりたい」 「え?」 「いや、今見るとありきたりのダセェ歌詞だな……と思って」 「あ、ああ。ダサいね」 毛玉だらけのスウェット姿で、奏でる鈍いギター。 聞き覚えのある言葉ばかり並べた薄っぺらいラブソング。 くたびれた笑顔。 この上なくダサいけど、これが俺のタカシくん。 俺が望んだ、俺だけのタカシくん。 |