御史台長官室


罪人の連行など別段珍しい光景でもないのかもしれない。
御史台官と縛される女官はそのまま堂々と御史台へと入城した。

広い回廊の途中で御史らしき男が通りかかるが、皇毅に向け一礼すると気にも留めぬ様子で去ってゆく。

(誰も夫婦だなんて思わないわよね)

そんな事を考えながら俯く。

歩きながら足許の石畳を眺めていると、後ろ手に縛られた掌に皇毅の指先が触れた。

(あ、…………)

嬉しくて視線を上げるが皇毅の方は前を向いている。

しかし柔らかく握られた手はそのままに歩調は緩やか、転ばないように縄を支えてくれていた。
先程武官に引き摺られた時とは違いとても歩きやすい。

「皇毅様………」

「まだ黙っていろ」

こくり、と頷いて連れられるまま御史台の中枢部へと進んでゆくと、やがて一際大きな扉が見えてきた。

吊り下がる不在札をそのままに扉を開け「入れ」と視線で促される。

「あの、失礼致します……」

よく分からないまま暗い室内へと足を踏み入れると、何度か見た皇毅の執務室

の、ような気がする。

きょろきょろと辺りの様子を窺っている後ろから、大きな腕がのびてきて捕まえられた。

「きゃ、……んっ、」

驚いて振り返るが既に皇毅の顔が間近に迫っており熱く溶けるような愛撫で唇を奪われた。

「や、……皇毅さま……んん、」

不安と緊張で固まっている思考が更に乱れるが、徐々に皇毅の香りが移ってくる。ごく自然に蜜がトロリ溶けるように、身体から力が抜けてゆく。

チュ、チュク、と舌を吸われ唇を舐められると腰が痺れ膝がカクンと折れた。

「あん、……皇毅、様……」

「これでも偽者か」

「え、?」


思いもよらぬ発問にポカンとするが、そういえば先程盛大に「この人偽者です」と騒いでしまったのだった。
もうどこからが謝ればいいかすら分からない。

「申し訳ありません……でも、私の事が分からないみたいでしたので……一応念のため……」

「あの状態で『内の妻だ』とでも紹介されたかったのか?オモシロ妻の異名が欲しいのは勝手だが巻き込むな」

「……ふふふ、」

届くのは弁当だけのはずなのに、何故か此処にいるオモシロ妻は微笑んだ。





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