御史台長官室
回廊を進みながら、容赦なく押されたり引かれたりの玉蓮は下衣の裾を踏んで何度も転びそうになる。
先程「間諜」と嘯いた事も心配になってきた。このまま取り調べられ、何も答えられず拷問行きにでもなったらどうしよう、そう考えると今すぐ皇毅の名前を叫びたくなった。
許可なく宮城に入るとこうなるのか成程、などと今更骨身に染みても遅すぎだ。
テン、
ズテン………。
泣きっ面に蜂
何度か踏んでいた裾に躓き遂に前へとすっ転んだ。
見事な凋落ぶりだが、もうそんな事どうでもよかった。
これから拷問され足一本駄目になるかもしれないのに転ぶくらいどうでもいい。
「こ、……うき、様……」
小さな泣き声が昊どころか誰にも届かずに消え入ると、横転した視界に見覚えのある沓が映った。
見上げればまた、奇跡。
這いつくばった玉蓮を御史台官の冷徹な双眸で皇毅が見下ろしていた。
しかし久方の背の君に向ける素振りなど全くなく、悠揚と玉蓮の顔を確認するとほくそ笑む。
「この女、御史台が捜索していた間諜に間違いない」
「……え、……?」
ポカンと空いた玉蓮の口からは、それしか出なかった。
自分って、本当に……間諜、……だった?
うち上げられたマグロのようになっている妻を無視し皇毅は武官と何やら短い言葉を交わし、縛した縄を受け取った。
「お前には尋問したいことが山程ある。さっさと立て」
「あの、……私が分からないのですか?」
間抜けな質問だが、考えようには重要な確認だ。
そっくりだが、この男はもしや、皇毅ではないかもしれない。
妻の顔すら分からないのが何よりの証拠だ。
だとすれば、ひょんな事から凄い謀略に気が付いてしまった。
早く知らせなくては。
「大変です、この御史台官様は偽者かもしれません!」
三拍ほど沈黙が走る。
「…………。お前な……馬鹿言ってないでさっさと来い!」
言うに事欠いて錯乱したと思われる間諜と、それを引き摺って皇城に消える御史台官の背を見送ると、警邏の武官は何事も無かったように踵を返した。
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