葵皇毅の賃仕事


陽が沈んだ後の方が都合がよいのだろう。
しかし、与えられた僅かな好機は奥方が眠っている間しかない。

証拠を掴まなくては役人は動かせない。

皇毅は急ぎ窓から中庭へ飛び降り、裏づてに倉へ向かうと用心棒に気付かれぬように身を屈めた。

袂には護身用の短刀があるが用心棒達の持つ大剣や戟とは対峙できない。

どうするか思案しながら静かに様子を窺っていると、邸の主人がやって来て何やらヒソヒソと相談し用心棒の数名を連れて何処かへ消えてしまった。

(今しかない……)

意を決し皇毅は潜んでいた藪から一気に走り出て、振り返りざま用心棒のみぞおちを蹴り上げた。

ガタンガタン、と響く鈍い音と共に男が蹴り飛ばされ倒れると、戟を奪い急いで倉の鍵を解除して中へ入った。

(冷静になれ……)

心中で何度も律するが鼓動が高まって仕方なく、暗い倉中に陳列する贋作を吟味する余裕は無かった。

しかし、この大量の贋作を作製するには高価な顔料は不可欠、説明はつく。
後は証拠だと書画を一枚手に取ると背後で物音がした。

皇毅が振り返ると同時に耳許でドン、と鈍い音が鳴り頚部に衝撃が走る。
何かで殴られたと直ぐに理解したが、目の前に床が迫りそのまま倒れ込んだ。

「この男、どうやって入った」

頭上から憤った声が降ってきた。
幸い意識はあるので挽回は出来る、否、しなくては殺される。

もう一度行動をおこす為に立ち上がると、遠くから騒がしい物音と罵声が聞こえて来た。

「御史台だ!」

倉の外から蛮声が聞こえ、武官と共に御史達が数人雪崩れ込む。

今頃ズキズキと痛みだす頚部を押さえ壁に凭れ掛かっていると御史に混じり旺季が倉へ入って来た。
旺季は一人佇む皇毅を見て驚いた。

「皇毅か!?一体こんな所で何をしている」

「…………賃仕事です」

「は、何?賃仕事!?」

すると旺季の元に一人の御史が寄り耳打ちする。
最後まで聞いた旺季は溜め息を吐いた。

「この邸には既に監察を潜り込ませていた。その監察から『危なっかしい一般人がうろちょろしてます』と報告を受け検挙を早めた。…………危なっかしい一般人ってお前か」

「………チッ、」

「舌打ちする奴があるか!普通『すいませんでした』だろう」

皇毅は首筋を擦りながら改めて大量に保管される贋作を見渡した。

贋作だが名画を焼くのも少し惜しい気がする。

「皇毅、聞いているのか。危なっかしい一般人だったが捜査協力の名目で報奨金を出せるぞ……」

−−−よく、頑張ったな

その言葉を聞くと皇毅が振り返った。

「旺季様……、決めました。私も御史台へ任官させて頂きます。次こそ、必ず……」

(貴方の期待に応えてみせます……)

一礼して皇毅は早速手を出した。

「では、報奨金を下さい」

「…………いくらふんだくる気だ」

「金八十両です」

「阿呆か!!そんなに出るか!」

下さい、やれるか、と言い合いぴったりと張り付いて離れない皇毅に旺季は最後には諦念して報奨金という名目で金八十両を自分の懐金も混ぜて捻出してやったのだった。


朝廷からふんだくり、また朝廷に上納するという不毛な事をやってのけ、皇毅は資蔭制にて旺季を追って御史台へと進むことになる。



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