葵皇毅の賃仕事


「どうかお怒りを鎮めてください。他の者がいる前で奥様の不貞を露見させるわけにはいかないと思いまして、敢えて無礼な振る舞いを演じておりました」

「………、な、何ですって?」

「こうして奥様の室を探して来たのです。免じてお許しくださいませんか」

口からでまかせだが、あまりに堂々と吐かれる言葉に奥方はたじろぎ皇毅の双眸を見据えた。
そして暫く無機質で透き通る氷河の眸を眺めると嬉しそうにフフッと小さく微笑んだ。

「仕方のない子。いらっしゃい」

今度は言われた通り一礼し、皇毅は奥方の後をついていく。背中越しにほくそ笑むが気づかれなかった。


北の館屋に位置する奥方の室へ廊下を進む間、数人の家人とすれ違うが誰も皇毅達には目を合わせて来ない。

(年中行事か…)

呆れ果てながら室へ通されると室内の様子に暫し目を見張った。

半蔀から見える中庭には反橋の架かった池が作られ、奥方の使う二階棚には数々の装身具が飾られている。

上級貴族にもひけをとならない室内へ足を踏み入れ一つの画の前で立ち止まった。

「大変貴重な画ですね」

皇毅が立派な飾り枠に収まる絵画を指すと奥方は面白そうに目を細める。

「流石、画員を目指す者は価値が分かるのね?………でもねぇ、……ふふ」

奥方の含む言葉は皇毅の確信をついた。


−−−贋作


「ねぇ……お前、名前は?」

舌ったらずな声色で皇毅の胸元に手を滑らせてきた。皇毅はその手をやんわりと止める。

「……先ずは代筆のお役目をさせて頂かないと」

「そんなの建て前なのに」

クスリ、クスリと背中から奥方の笑い声が聞こえるが気にも留めない皇毅の双眸は室内をくまなく細見し、あるのもを探す。

倉の鍵。

贋作と知りながら堂々と室に飾るならば、おそらく関わっているに違いない。

「そうねぇ、じゃあ一筆お願いしようかしら」

皇毅の背中からゆっくり離れ、奥方は机案に墨と筆を置くと横に円椅子をひいて座り手招いた。

「ある殿方に『また邸においでくださいな』と文を書いてみて」

皇毅は静かに墨をあたりだした。

「それならば、詩に想いをのせてみては如何でしょう」

暫し考え、サラサラと筆を走らせる。


『五鼓に起きて門を開ければ

正に歓子の度るをみる

何処に宿りて行き還らん

衣被に霜露有り』


達筆な手をみせ奥方へ紙を手渡した。

「他の男の元へ行かずに、貴女の元へと帰ってきてください………そう書かせて頂きました」





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