妻風邪をひく


「皇毅様……あの、」

離れてしまうと途端に寂しくなってしまう。
こんな複雑で面倒な女心、煩わしい妻だと言われてしまうかもしれない。

呆れられるのはいつもの事だけれど。
どうか嫌いにならないで欲しい。

玉蓮は両手を胸に当て同心と結心を願う。
願いはそれだけなのに、その願いはいつも彼を困らせるのだ。

暗がりの中で抽斗を探っていた皇毅は用事が済んだのかすぐに向き直って寝台へと戻ってきた。

表情の少ない皇毅の心の内は容易には読みとれない。
腰掛ける男の重みで寝台がギシリ、と音を立てると、その音がなんだか生々しく感じ、玉蓮の頬は紅潮してしまう。

恥ずかしくて顔が上げられない。

「美しいな」

「え、……?」

嬉しい言葉に思わず顔を上げると、玉蓮の期待とは裏腹に皇毅は窓枠に架かる月の光を見ていた。

途端に、むぅ……と頬が膨らむ。

「なんだ、月にまで嫉妬しているのか。お前の顔は見てはいけないのだろう?」

「はい、いけません……特に鼻先は駄目です」

月明かりが反射し優しく輝く紗の中で、困ったように眉を下げ俯くその頬に長い指がそっと振れてきた。

「あ………」

するする、とあやされるように撫でられれば、なんだか気持ちよくなって瞳を閉じる。
意地悪されてばかりだが、皇毅といるときが一番安心できた。

唯一の愛を誓ってくれた人

「皇毅様、………」

そっと身を寄せようと身体を傾けるが、迎える腕は玉蓮の肩を反対側に押してきた。

「え、あの……押し返すのは…拒絶でしょうか…」

「そろそろ押し倒してもいいかと思ってな」

「え、……!?」

なんでそういう事を平気で言っちゃうのだろうかこの人は。

ハイ、そうですねと押し倒される素直さの足りない玉蓮がお腹に力をいれ顰め面になっていると、今度は頬を抓られた。

「なに、してるんでふか」

「お前こそ何をしているんだ。倒れろ。可愛いげのない」

そう吐き捨てると皇毅は先にゴロリ、と寝台に横たわった。

皇毅が喧嘩につきあってくれなくなると慌てて玉蓮も寄り添うように横になった。
寂しいので皇毅の背中にくっついてみる。

「傍に寄ると分かります。いい香り……皇毅様」

「何の香りが芯になっているか分かるか?」

皇毅が向きを変えると視線がかち合った。
自然と腕を腰に巻き付け、身体が安堵したように柔らかくしなる。
あやすように水滴が零れ落ちそうな目尻を拭われた。

「鼻づまりなので、そこまでは分かりません……」

その答えがよっぽど面白かったのか、皇毅の口の端があがり笑いを堪えている。

「忘れていた。鼻づまりだったな」

他愛のない話をしながらも、皇毅の身体が巻き付いてくる。






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