お中元を貰う
宮城で黙々キリキリ働いているはずの夫が馬にまたがり此方へ向かって走って来ている。
「皇毅様ぁーー!おかえりなさいませ」
子供のように手を振って夫を出迎える玉蓮の前に馬が到着する。
馬上に跨がる皇毅は俊臣の漆黒軒と棺桶とに目を向けて状況を把握しているようだった。
どうやら俊臣のお中元情報(速報!街を練り進む棺桶)を掴んで戻って来たようだ。
「くっくっ、」
皇毅は眉をつり上げて不気味に嗤った。
なんというか……この人もどうかと思う。
そんなどうかと思う夫の姿を嬉しそうに見上げて「お帰りなさいませ」を連呼する妻の手を取って馬から降りてきた。
門番は一礼して一歩後退した。
お疲れさま自分。
皇毅は棺桶を運ぶ従者にちゃくちゃくと指示を出している俊臣の前に立った。
「明日執行される裁判の調査書は読んで頂きましたか」
「読んだ読んだ。お中元もって来たよ。あれだけ棺桶を断り続けていたのに贈って欲しいなんて、どんな気の変わりようだい?奥さん貰って何か悟っちゃった?」
ギロリと大きな眼球が剥きだし嫌みたらたら。
しかし皇毅は涼しい顔のまま。
「読んで頂いたなら結構。そう、その棺桶は妻が所望しまして……わざわざ届けて下さりありがとうございます」
お中元よりも明日の公判の事が気になる様子の皇毅は律儀に一礼した。
そしてしつこく続けた。
「明日は俊臣殿が最上位です。嘆願書と調査書、どちらも目を通して頂いたならば、……もうおわかりですね」
「そういうのは仏に説法、棺桶に読経っていうんだよ。わざわざ釘刺しに来たのかい?五寸釘あげとけばよかったかな」
ごちゃごちゃと仕事の話を始める法曹役人達のやりとりを聞いていた玉蓮はぽつんと洩らした。
「棺桶に読経は……普通ですよね」
「よく言った」
思いもよらず皇毅からお褒めの言葉を貰えた。
そして話はお中元の棺桶に戻る。
邸の門にある敷居を棺桶が越えられず従者達が四苦八苦していた。
仕方なく門番も手伝いなんとか運び入れる。
「此方です!此方へ運んで下さい」と嬉しそうに指示を出す玉蓮の後を皇毅と俊臣も着いてきた。
正殿の中庭を運ばれる棺桶を発見した凰晄は瞬時にカンカンになってものすごい早足で向かってきた。
「あの棺桶は何ですか!」
白熱する家令にも皇毅は涼しい顔だった。
「あれは棺桶ではない」
皇毅の珍回答に凰晄は一応もう一度だけ庭のブツを見据えた。やはり棺桶だった。
「どう見ても棺桶でしょうが!あんなものどうする気ですか」
「皇毅の小栗鼠ちゃんがご所望だそうで、特別にいい石使って作製した特注品だよ」
黒すぎる上に陰になっている俊臣に気がつかなかった凰晄は叫びそうになるのを必死で堪えた。
正殿の柱の陰には侍女達が「キタキタァーー!」と様子を観察していた。
玉蓮が邸に落ち着いてからというもの、確実にこの家面白くなっている。
「こちら、こちら……」玉蓮に案内されたのは何故か東偏殿にある厨房場の庭だった。
そこでようやく俊臣の表情が曇る。
「ようこそ私めの薬湯場へ!早速その石砕いて石窯を作製します」
玉蓮の高らかな声を聞き葵家の家人達は示し合わせたように返事をして棺桶に大槌を振り下ろした。
あれよという間に無惨に割れた高価な石。
「ちょっとキミーー!!」
柄にもなく俊臣が叫ぶ。
皇毅は背を向けて笑いを堪えているようだが、内心大爆笑だった。
ちゃくちゃくと素敵な石窯が作製される中、わなわなと震える俊臣に玉蓮が駆け寄ってきた。
「ありがとうございます。皇毅様が薬湯作る石窯を買ってくださらなくて困っていましたところ、来尚書様がお中元に使っていない棺桶をくださるので好きにして良いと……こんな立派で高価な石を下さるなんて。石窯で薬湯を作りましたらお礼にお届け致します」
「い、石窯……薬湯?」
「石は高価ですので困っていたところです。妻の我が儘にお付き合いくださりありがとうございます」
畳みかけるように皇毅も加わった。
つまり、なんだ……皇毅と小栗鼠ちゃんに利用されたと。
皇毅にイケける棺桶贈ると、小栗鼠ちゃんのイケてる石窯に変身するということか?
なんということでしょう。
「この、罰当たり夫婦め……」
「贈られた棺桶を使う者はおりませんのでただの石です。それに棺桶で寝ている何処ぞの罰当たり尚書に言われる筋合い全くございませんな」
喧嘩しそうな二人に玉蓮はにっこり微笑んだ。
「もともと医術は死と隣り合わせです。そのことを肝に銘じております。でも私はこの石窯を、決して棺桶に戻しは致しません」
「………」
いい妻じゃないか……。
俊臣はうっかりそう洩らしそうになったが、ハッとした。
「それでうまいこと言ったつもりかーーーーい!」
皇毅は瞑目し再びクルリと背を向けた。
大爆笑間違いなしだった。
了
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