妻風邪をひく


獲物まる飲みを狙う大蛇の如く寝台を陣取りお目当てを眺める皇毅に、玉蓮は行き場のない小鳥のように室内をうろうろし始めた。
今更また東の室へ戻る訳にはいなかいし、目の前には愛する夫が眦を細めておびき寄せるように指を倒している。

灯りが殆ど消えているのにほくそ笑む表情まで窺えた。
温和しく寝るようにはとても見えないではないかアレ。

「ところで、何故布で覆っている」

「風邪が伝染らないようにする為の予防策です」

「嘘付け」

「…………!!!」

盛大に仰け反る妻に『当たりだ』と確信する。ついでに蝋燭を消しまくったのにも訳があるに違いない。

「早く来たらどうなんだ。寒いだろう」

"お前が"寒いのではなく"私がだ"と匂わせると玉蓮の眉毛が心配そうに八の字に下がった。
そう、いつでも彼女の弱点は皇毅なのだ。
鼻と口許を覆いながらも困り果てる瞳だけはしっかり見て取れた。
そう思うとたまらなく気分が良くなる。

八の字眉をひっさげてちょこちょこと寄ってきた玉蓮を敢えて強引にはせず、柔らかな白い手を優しくとって天蓋の中へ引き入れた。
ゆっくりと折り重なる紗を降ろして頬を撫でようとするが、手巾が邪魔になっている。

後ろに手を回し結び目を解こうとすると、八の字だった眉毛がキリッと逆立った。

「おやすみなさいませ!」

駄目だ。
こんな変幻自在の面白眉毛如きで失笑し、甘い 空気台無しにしておめおめと寝てたまるかと皇毅は一旦目を瞑った。

案外素直に目を閉じた皇毅に驚きつつも、よかったと安心し今度は優しく「おやすみなさいませ」と声をかけ玉蓮も目を閉じようと……。

したのに皇毅の目はすぐに開いた。

「お前の嘘を暴く前に寝るわけないだろう」

しつこい。
仕事はいいが、何にでも、とにかくしつこい人だと玉蓮は改めて皇毅の職業病を呪った。
この状況で逃げきれるだろうか。もう素直に白状した方が楽な気もしてきたが、玉蓮にも意地がある。

「私、……皇毅様に嫌われたくないだけなんです」

手巾のせいで若干モゴモゴと聞き取りづらいが、その言葉に今度は皇毅が仰け反りそうになった。
夫を拒絶して散々意味不明な行動をとりまくっておいて、嫌われたくないから、ときた。
この上何を気にしていると、これ以上興を損なう芸当が出来るというのだろうか。

わけわからん。

しかし、言い当ててこそ信頼は深まり、心ゆくまで気持ちよく抱けるというもの。

掛け布を引っ張り上げて寝そべり愛しい半身を抱き寄せるとそれだけでも心地よかった。
未だ妻に自室を与えず独占している。子が出来たら南に邸を増築し与えると言った気がしたが、それも無視するかもしれない。


皇毅は静かに妻の奇行を振り返る。


風邪を引いたので会いたくない

伝染るといけないから手巾で顔を隠す

蝋燭を消しまくる


皇毅はもう一度頭の後ろで結ばれた手巾に手をかけ今度は素早く解いた。
すると驚愕の叫びと共に玉蓮が慌てふためき両手で顔を隠した。






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