牡丹のお嬢様


先触れをして扉を開けると、椅子に凭れるお嬢様が立ち上がり優雅に一礼する。
幼く見えていた彼女は険しい顔をしているせいか幾分大人びて見えた。

室内には実家から持参した家具や卓子が備え付けられ、棚には茶器が並んでいた。
室の真ん中には使い込まれた香炉が鎮座し煙を上げている。

勧められるまま卓子に付くと、お嬢様は美しい模様が描かれた器を差し出した。

「手荒れに効く軟膏に私が調合しました香を練りこんであります。良い香りがして当主様にも気に入って頂けると思いますわ」

「ありがとう。早速香りをみてもいいかしら」

玉蓮は蓋を開けて中の軟膏を確かめる。
ついでに指で掬って匂いを嗅いでみた。

「……………おかしいわね」

「お気に召しませんでしたか?」

玉蓮はさも訝しげに器を向かう卓子へと置き差し戻すように滑らす。

「予想外だわ。これには入っていないのね。本当に私とお子を害したいのならば、香を匂い袋などではなくこの軟膏へ大量に入れるはずなのに……」

悔しそうに眉を歪める玉蓮にお嬢様は困ったように肩を落とし、自分でも軟膏の香りを嗅いでみせた。

「奥様は考え過ぎです。匂い袋の麝香は少量ならは良薬として使われておりますのよ」

「……私、麝香だなんて言ってないわ」

カタリ、と卓子の上の器が音を立て、お嬢様の顔色が幾分蒼白くなった。
やはり核心を射抜いたと玉蓮は瞳を細める。

「そんな、お子を害するなど、麝香と言われたも同然です」

「貴女はお子を害すると知りながら、私にだけその香を使ったのね。でもあれほど微量では殆ど効果はない。入れるならば、直接傷口に塗り込むこの軟膏でしょう。何故これには入っていないの?」

「私は、………そんなつもりは……何かの間違いです」



−−−−−−違う

まだ真実には届いていない


鴛鴦の小袋も、玉蓮や家人達に対する振る舞いも、今思えばわざとらしい程無礼な振る舞いだった。
侍女達と玉蓮が盛大に踊らされる中、そんなお嬢様の動向を冷静に観察していたのは皇毅と凰晄だけだろう。

「麝香が混在していたのならば確かに私の過ちです。でも罰するのはこの私だけでお願います。これで道を誤らなくて済む。一族誅殺など私がさせませんわ」

「………は、?」

今、全ての真相を語られた気がしたのだが、全然意味が分からなかった。
虚しい問いかけだけが落ちる。すると突然扉が開いた。

「ご苦労だった」

そこには今頃宮城でお弁当を食べているはずの皇毅が凰晄を従え仁王立ちしていた。

「皇毅様……いいところを持っていくつもりですか!私が突き止めたのに……イタッ!」

玉蓮が邪魔しないでくださいと抗議すると、長い指で額を弾かれた。

「関わるなと命じておいたのだが……先ほど麝香が大量に入っているかもしれぬ軟膏をくんくん嗅いでなかったか……」

鬼に睨まれている。心から彼を愛している玉蓮ですら鬼にしか見えなかった。

「はい、嗅ぎました。すみません……」

せっかくこれから活躍しそうだったのに、玉蓮は黙るしか無かった。








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