牡丹のお嬢様


皇毅の双眸が向けられる。
凍てつく色中に瞋恚が湧き上がっていた。

「お前の匂い袋にだけ『麝香』が含まれている。もしお前が懐妊していれば……子は助からない」

「え、……!嘘、麝香ですか!?」

嗅ぎ分けられなかった玉蓮が皇毅の手から匂い袋を奪い取りくんくん、と香りを確かめると烈火の勢いで匂い袋は床に叩きつけられた。

「麝香と知って匂いを確かめるとは、子を殺したいのか!」

「え、……でも私…まだ懐妊しておりません…」

「四日前にそうなっていたらどうする」

皇毅の言葉の意味に玉蓮は頬を紅らめた。
夜伽をしたのは四日前、あり得ない事ではない。

「妊娠の可能性がある者にこれを渡すとは、罪は確定だがあの娘まだ何か裏がある。それをあぶり出すまでは邸には置いておく。お前は麝香すら嗅ぎ分けられないのだからもうあの娘には近づくな」

「い、医女として……!麝香くらい知っております。でも……」

確かに何か妙だ。
流産を引き起こすには麝香の量が少なすぎる気がする。

「皇毅様は……子煩悩なのですね。嬉しいです」

「自分の子をみすみす殺されたいわけがあるか」

玉蓮は蝋燭の芯を切り、ちょこちょこ戻って皇毅を抱きしめた。

「私も子が好きです。皇毅様のお子は、どんなに愛らしいでしょうね」

「……純情ぶってお誘いか。……そうだな。お前と千里離れて見る月はどれだけ虚しいのだろうか」



甘い声が耳許を擽った。
皇毅は裏切ったわけでは無かったのだと、そう思うと玉蓮は堰を切ったように皇毅をきつく抱きしめた。








−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



翌朝、またいつ戻るのか分からない皇毅の軒を見送ると侍女は牡丹のお嬢様に箒を突きつけた。

「アンタ、寝坊して門の掃き掃除まだでしょ!」

お嬢様は箒にプイ、と背を向けた。

「私、行儀見習いですが掃き掃除などを学びに来ておりません。お茶の淹れ方や刺繍、お菜などを習いに来たのです。侍女ではなく奥様に教えて頂きたく思います」

侍女は絶句した。
昨日、あれだけ無礼の限りを尽くした玉蓮の傍で行儀見習いとは正気だろうか。

「馬鹿も休み休み言う事!掃除も出来ない女が何処に嫁げるというのよ!掃除は基本!姫様だって最初は厠掃除から始めたんだから……いえ、その」

これはこの娘には言うべきではなかった。
牡丹のお嬢様は笑いを堪える様に口許に手を当てた。

「正三品上の大官である方の奥様が厠の掃除……侍女上がりという話は本当なのですね。では私もやった方がいいのでしょうけれど、生憎爪に牡丹紅をつけているので出来ません。また、刺繍をして貴女にあげるわね。今度はなんの模様かしら?お似合いは虎かしら」

「姫様ーーーーーっ!成敗してください!姫様特製薬草饅頭を食わせてください!当主様がこんな、こんなのを厚遇してるなんて信じません!!地方下級下官の娘の私だって家に帰れば一応お嬢様なのに、頑張ってお遣えしているのに、こんなのと一緒なんてあんまりですーーー!」

しかし一人の家人が箒でお嬢様がやるべき庭掃除を始めている。彼は陰でお嬢様から銀子を貰っていた。
侍女達は誰一人として銀子にも、このあとの可能性にも靡かなかったが、男衆は何名かは既にお嬢様から銀子を賜っていた。

つくべき主を見分けた家人達は水面下で動いていた。

侍女達から全く相手にされない様子に玉蓮は仕方なくお嬢様へ手を差し伸べる。







[*prev] [next#]
[戻る]




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -