牡丹のお嬢様


廊下に提げられた吊り灯籠が微かに揺れている。
普段は「綺麗ですね」と湯上がりの頬を染めて指をさす玉蓮と共に歩く廊下だった。

西の対の屋にある自室に入ると医女の前掛けをして妻が待っていた。
顔面は蒼白。いつもより小さく見えた。

「疲れたお身体を解して差し上げてもよろしいですか」

皇毅は寝台に腰掛ける。しかし玉蓮が近づくと制止した。

「それよりも話がある」

「……………」

玉蓮は覚悟し、静かに瞑目してその場に平伏した。

深い絆があると思っていたのだが、こんなにアッサリと、あんな幼いお嬢様に追い出されることになろうとは。

「皇毅様、お世話になりました……私は山へ帰ります」

「…………山?」

姿を目に焼き付けたいと見上げれば、皇毅はちょいちょいと指を倒している。

最後に泣き顔はみっともないと精一杯の笑顔で傍によった。大好きな皇毅の香りに、あの匂い袋の香りが混ざっている。

(酷い人………でも、私は好き)

途端、長い指が玉蓮の頬を抓った。

「い、いたたた、……!ひ、ひたいっ」

涙目で訴えれば見えるのはいつもの顰め面。
いくらでもこれは、最後まで酷い人。

「何が山だ……何処の山だ。何を勝手に盛り上がっている。毎回、毎回、話をする前に一人で勘違い街道まっしぐらな早とちりを直せ」

「そんな、……いくら鈍い私でも分かります。皇毅様は主上を見習い、妻は一人としています。旧情にすがることも叶いません……だから私は」

自分がそうして欲しいと願ったのだ。
愛する人は一人、成し得がたい事を知りながらそうお願いした。

だからそれでいい。

苦しくて瞳を閉じると皇毅の温もり。抱き寄せてくれている。玉蓮は心の内を口ずさむ。


「願わくば人の情、長久に……千里嬋娟を共にせん…」


遠く離れても、皇毅と同じ昊の月を見ていたい



「千里か……私を何処へ左遷させる気だ」


皇毅が自分をからかう時の声。いつも独占していたその声に波のように揺れる心が静まってゆく。
こうべを撫でられると甘えるように見上げた。

唇にも愛撫を受ける。冷えた身体に熱を分けられ自然と力が抜けて皇毅にもたれ掛かった。

「私の話を聞く気になったか」

「私の勘違いと思って、よろしいでしょうか……」

玉蓮を抱き起こし、皇毅は腰にぶら下げていた鴛鴦の匂い袋を卓子に置いた。

「いつもの勘違いだと思っていいだろう。それよりも、あの娘から匂い袋を貰ったそうだな。それを出せ」

甘い空気を払拭する厳しい声に慌てて小匣から匂い袋を取り出した。
両方ともに鴛鴦の刺繍が施されている。

皇毅は厳しい表情で玉蓮に送られた匂い袋を手に取り匂いを確かめた。


「やはりな……」


手の中で匂い袋はぐしゃりと潰された。








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