牡丹のお嬢様


肩を落とし俯いている玉蓮をおいて皇毅は門をくぐってしまった。
取り残され敗北感漲らせている奥様の様子に家人達はふと考える。
牡丹のお嬢様に頂いた鴛鴦の匂い袋を取り出してみた。

あのお嬢様は天然ではない。これは故意だ。
奥様を追い出し葵家の正室を乗っ取る宣言がこの匂い袋なのだ。

(これは、この調子ではもしや……奥様は、ご情愛を失ってないだろうか。すぐに新しい奥様の誕生ではないか?)

今後の身の振り方を決めねばならないと数人が思う。そして、薄情な者は皇毅のあとを追って室へと入っていった。
しかし残った者は未だ動かない玉蓮の肩へ外套を掛ける。

「奥様、春先といえど風が冷たくなって参りしました」

「あ、ありがとうございます……私はいいので皇毅様
を……」

「奥様に何かあれば我々がお叱りを受けます。私どもは当主様と同じく今生、玉蓮様にお遣え致します」

何かを察したのか玉蓮はコクリ、と頷き漸く邸内へと戻っていった。

忙しく夕餉の支度が調えられ待っていると、お嬢様との対面を済ませた皇毅がご機嫌とも不機嫌とも判別つかない表情で現れた。
その腰帯にぶら下げられたものに玉蓮と侍女は固まった。

鴛鴦の刺繍が入った匂い袋。海藍色のそれは皇毅の雰囲気にとても合っていた。
まさに彼の為に用意したような代物。

「姫様………」

横から侍女の小声。

「あの無礼な娘。あとでシバいときます……シバいてうっかり井戸に落っことしときます」

「やめなさい!冗談でも口にしてはいけません」

「でも、姫様……あの牡丹娘、あからさまに当主様を狙ってますよ。歯牙にもかからないでしょうが」

眉を歪めて抗議する声が耳に入ったのか。
同じく控えるお嬢様が可愛らしい咳払いをしいた。
その咳払いの仕方が勝ち誇ったような声色で侍女は愈々目を剥く。

なるべく平静を装う玉蓮が皇毅の皿に海老の和え物をとりわけていると、同じく海老の和え物を皿に乗せたお嬢様が皇毅の前へ皿を置いた。

ポカン、と口を開けている玉蓮をよそに皇毅はお嬢様から差し出された海老の和え物を口に運んでいる。

もう、なんと言ったらいいのか分からない。

一口も食事に手が伸びない玉蓮は半ばぼんやりしながらも皇毅が立ち上がると、我に返り一緒に立ち上がった。

「皇毅様、……湯浴みの準備が出来ております。参りましょう」

微笑む玉蓮に、牡丹のお嬢様がすかさず口を挟む。

「湯浴みのお供は侍女のお役目です。奥様はもうお休みくださいませ」

「はぁーーーー?ふざけんじゃないわこの牡丹娘ッ姫様に対してなんて無礼な!シバく!シバいてやる」

侍女はもう小声ではなかった。
お嬢様も小声ではなかった。

「下級下官の娘が私をですか?当主様の御前で大声だしたりして……今夜荷物を纏めておいた方がよろしいかもしれませんね」

困り果てた玉蓮が助け船を求めると、皇毅はいつの間にか居なくなっていた。我関せずときた。



薄情にも一人湯浴みに来た皇毅は浴槽にふわふわ浮かぶ薔薇の花弁に目を落とした。
玉蓮は一緒に入る時、しばしば薔薇の花弁を浴槽に散らせる。
香りを楽しみ、恥ずかしさを紛らわすための花弁。

共に湯浴みしたかったのだろう。

しかし、待っていても玉蓮は追って来なかった。






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