牡丹のお嬢様
富春紡色の小袋に鴛鴦の刺繍。
可愛い匂い袋に玉蓮は手を差し出す。しかし二人の手が合わさる瞬間瞳を見開いた。
お嬢様の白魚のような手、爪先には牡丹色が付いている。
方や主たる玉蓮の手は毎日丸薬を作り薬湯壺を扇ぎ、様々な医女仕事をする。丁度薬剤に手が被れてしまっている所でもあった。
その差は歴然。
貴族と使用人のような手が合わさる。
牡丹のお嬢様は玉蓮の掌を見て寸毫目を細めた気がした。
「あ、ありがとう……素敵な匂い袋ね」
「奥様に気に入って頂き嬉しいです。七日間の行儀見習いですが、精一杯お遣えいたします」
お嬢様が再び膝を折り凰晄に連れられ退出すると、玉蓮はしょんぼり俯き自分の被れた手を眺めた。
気をつけているつもりだったのに、実際水も触らぬ貴族の令嬢と比べるとなんとみっともないことか。
嘗て後宮で紅貴妃が『一応貴妃なのに、手が!手荒れが……!』と洩らしていたのを耳にしたことがあった。
正に、この事だったのか。
「一応正室なのに、手が!手荒れが……!」
玉蓮の寂しい独り言。
明日から化けの皮を被って医女仕事は控えるべきか。侍女達と混ざって市場への買い出しも控えるべきか。
しかしそんなことになれば、一体全体何をやっていればいいのだろう。暇だ。
匂い袋を手にしていながら全く何をして良いやら分からなかった。
その日の午、高官のお嬢様をお預かりしたとの連絡を受け、宮城に詰めていた皇毅から帰邸の報せが届いたようだ。
その事務的な文が室へ届けられると玉蓮は頬を膨らませる。
帰ってくることは嬉しいのに、それは自分に逢いにではなくお嬢様の様子を見に来るに違いないからだ。
それならばせめて、自分への気遣いに恋文でも付け足してくれたらいいのに、何度探しても文を裏返してもそんなものは書かれていなかった。
「酷い……」
玉蓮の寂しい独り言が折り重なる。
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夕刻、四日ぶりの皇毅が邸の前に停めた軒から降り立つと、いつから待っていたのか玉蓮が門前に立っていた。
「門の前で何をしている」
出迎えに待っていたに決まっているのに素っ気ない言葉が飛んできた。
玉蓮は家人達と共に一礼する。
もしかしたらこの一礼、完全に家僕の挨拶の仕方なのではないのかと今更気が付いたが、もう板に付いてしまい貴族の奥様風には変更できなかった。
「お帰りさないませ皇毅様」
嬉しそうに瞳を潤ませている玉蓮に一瞥くれて、皇毅は積み荷を降ろす家人達に指示をだす。そして漸く向き直った。
四日ぶりの皇毅はお疲れのご様子だと玉蓮は医女として察する。早く皇毅の身体に触れて気血の巡りをよくして差し上げたいと無意識に手が伸びた。
「お疲れさまです。お夕食すぐに出せますが、先に湯浴みなさいますか?」
「今日来たという行儀見習いは何処だ。先ずはそれからだ」
「…………………はい」
そうですよね、そのために帰っていらっしゃったのですものね。
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