牡丹のお嬢様


「匂い袋には私が調合した香が入っております。刺繍も頑張りましたの」

微笑むお嬢様に侍女達は匂い袋にあしらわれている金色の刺繍に目を落とす。

「え、これ、……鴛鴦?」

「良かった!おわかり頂けましたね。将来の為に練習していますの。せっかくなので一番上手に刺繍出来たものを当主様にも是非……」

「はぁ、!?鴛鴦の刺繍を当主様に縫って良いのは奥様だけです。そんな当たり前の事も弁えぬなど非常識にもほどがあります!ここで追い返されても文句は言えないわ」

おととい来なさい!と啖呵まで切りそうな侍女の前に凰晄の腕が伸びる。

「門前で騒ぐとは何事か」

非常識でも高官のご息女様なのだ。怒らせて罰を受けるのは侍女の方であると凰晄はそれを案じていた。

「お預かりした以上、此処では朋輩の侍女達に従って頂きます。どりあえず中へお入り下さい」

どこまでも冷静な家令の振る舞いに侍女達も道を開けるしかない。
侍女見習いのお嬢様は牡丹の髪飾りをひと撫でして凰晄に続き葵家の門を悠々とくぐってゆく。
その茶目っ気のある後ろ姿に、侍女達も何か嫌な事が起こる。そう予感せずにはいられなかった。



邸内では侍女に輪をかけて混乱している玉蓮が卓子の周りを無意味に回っていた。
しかし廊下から先触れが聞こえると慌てて椅子に腰掛ける。
そして優雅に見えるように団扇を手に取る。仕上げに無理矢理笑みを貼り付けた。

「お、……お入り下さいませ。いえ、お入りなさい」

「失礼致します」

凰晄に続き入室するお嬢様の姿を見て、先ずは大きな牡丹の髪飾りに目がいった。
今時の貴族のお嬢様達の間で大きな髪飾りが流行っているのだろうかと、そんな事を考えている玉蓮のぼんやり具合に牡丹のお嬢様が丁寧に膝を折った。

「奥様、ご挨拶申し上げます」

我に返ってぱちくり、と瞳を瞬かせる。

「………は、はい。私は玉蓮と申します」

「………」

「………」


……………。


お嬢様は俯いたまま手にしている匂い袋を指でしきりに弄っている。
何故か気まずい沈黙が落ちる中、何を言えばよいのか分からなくない玉蓮の様子に凰晄が眉を顰めて口を動かしていた。

(お立ちなさい!)

「あ、はい!立ちなさ……い」

伝えられた言葉をそのまま繰り返すとお嬢様は漸く折った膝を伸ばした。

「ありがとうございます」

上の立場としての振る舞いが未だ板についていない玉蓮に真正お嬢様は何を思ったのだろうか。
口許に笑みを浮かべてはいるが肚の底は全く分からない。

「葵家当主のご正室様でいらっしゃいます」

正室と紹介され玉蓮も満面の微笑みを浮かべる。
この微笑みを見れば、鬼の皇毅も視線をあげて指で頬を撫でてくれる改心の笑み。

二人の微笑み合戦に、凰晄は優雅な諍いを見ている気分になった。

「奥様、稚拙なもので申し訳ございませんが匂い袋を作って参りましたのでお受け取り頂きますか?」

お嬢様は手の中で弄っていた匂い袋を差し出した。






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