九連宝燈
「皇毅殿のにゃんにゃん(娘々)はこちらですか」
−−−−にゃんにゃん、……て、ナンダソレ
控える侍女は顔を強張らせた。
何か、敬われているようで、実は馬鹿にされているような。いないような。
どうなんだ。
変な呼ばれ方をしてさぞかし眉が八の字になっているだろうチラリ、と玉蓮を覗き見るとなんと瞳が輝いていた。
「皇毅様に……そっくり」
呟いたその一言で何故瞳が輝いているのかは理解できた。
確かに髪の色や硬質な雰囲気は葵皇毅その人に似ている。
藍灰色の衣裳に凛とした眼差し。
似ているからこそ更に怖いわけだが玉蓮だけは嬉しそうにしている。
「初めまして。玉蓮と申します」
膝を折り丁寧に礼をとる玉蓮に客人は眸を細めた。
「そなたが皇毅殿の娘々か。此方は陵容と申す。葵家とは縁があったが、今では赤の他人。そんな此方に礼をとって頂き有難く思う」
なんだマトモな人ではないか。
にゃんにゃん、以外は至極礼儀正しい人だ。
侍女達は顔を見合せ息をついた。
陵容と名乗った皇毅の叔母は室内を見渡す。
古寺名高い西の対の屋は傷んだ石畳をそのまま使っており、しかも所々割れそうな木の板で補強されていた。
「皇毅殿は何故古寺のような住まいを使っているのだろうか」
…………ですよね。
侍女達は全員同じ思いで俯いたが、玉蓮だけは背筋を正す。
「この室は葵家の憂き目をを刻む皇毅様の『臥薪嘗胆』がこめられております」
「成程……そうであったか。しかし窓が少ない割には室内が明るい」
「窓に明紙を貼りました。室内が明るくなれば気分も明るくなりますし蝋燭の節約にもなります」
窓を確認した陵容は蝋燭を手に取った。
「節約と云う割りに随分高価な蝋燭を使っているではないか」
「質の悪い蝋燭は煙が臭う上に肺を痛めますので、蝋燭は良いものを使わせて頂いております。皇毅様のお身体に影響するものは何一つ疎かには出来ません」
曇りのない声に陵容は流し目で玉蓮を見やる。
微笑みで返す玉蓮が長旅の疲れを癒す阿膠を用意しましたと言うと陵容の口許にも笑みが溢れた。
二人の様子にすっかり安心しきった侍女達が母屋に席の準備に退出すると陵容は笑みを刻む口許に指先を這わせた。
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