妻風邪をひく


渋面を貼り付けられ見下ろされている。
なのに変わらず中庭から聴こえる龍笛の音色は恋謡蘇芳の終盤に差し掛かっていた。

不思議そうに音色に耳を傾けていると不機嫌な咳払いが降ってきた。

「何に気を取られている」

問いかけに玉蓮は小首を傾げながら中庭を指さした。

「この笛は何方が吹いていらっしゃるのでしょうか?」

眉間に刻まれる皺の意味が理解できず、素朴な疑問を投げかけると皺の数が更に増えた。
苛々しているのか組まれた腕に掛かる指がトントン、と上下している。

「それを知ってどうする」

「え、………あの、皇毅様?」

眉間の皺以外表情が動かない皇毅は考えている事を察するのが難しい。たまに何を考えているのか全く分からない。
パチパチ、と瞳を瞬かせているとちょうど龍笛が止んだ。

腕を組んだまま見下ろす皇毅は龍笛のことなど全くどうでもいい様子だ。

「お前は龍笛が鳴る訳も私が何を考えているかも分からない顔をしているが、ハッキリ言わせて貰えばお前の考えていることの方がよっぽど理解できない。何故東の対の屋に閉じこもっている」

「あ、それは!」

玉蓮の目はあからさまに泳ぎ口ごもる。
そうなのだ。皇毅の帰邸を出迎えるどころか、走って逃げて空き屋に籠城していたのだった。

しかし呆れられて放置される場合ともう一つ、こうなる事を想定して言い訳は既に用意してあるのだ。
コホン、と小さく咳払いして息を吸い込む。

「私が同室で万が一、皇毅様に病をうつしてしまったら大変ですから。下がらせて頂きました」

ふわり、と微笑み手を合わせて一礼する。
そう、皇毅に害を及ぼさない気遣いで矛盾がない。


医女として、妻として、完璧


理由を聞いた皇毅が漸く眉間の皺をほどいて頬を寄せてきた。
耳打ちされる時に感じる温かさと梅花香の香りがたまらなく好きだった。
なのに残念ながら今は鼻がつまって香ってこない。

愛する夫の睦言のような甘い声と吐息が耳許を振るわせた。



−−−−−嘘、つけ



「へ!?……嘘……」

思わず出た声は裏返ってしまっていた。
その様子にニヤリ、と皇毅はほくそ笑む。

「生憎、私は姑息な嘘を見破るのが仕事でな。その道の玄人に怯むことなく堂々と嘘を吐いた罪は許し難い。お前が籠もった理由……時間はたっぷりあるので暴いてやろう」

「そんな……!」


嗚呼、本当に時間はまだたっぷりあるではないか。


長くなりそうな、嫌な予感がする





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