花の攻防
『玉蓮、お願い。あの憎たらしい娘の薬湯に砒素を混ぜて出して』
『薬師でしょう?惚れ薬は作れないのかしら』
『謝礼は惜しまない、堕胎薬を作って欲しいの』
急に嘗て聞いた女達の言葉が脳裏に甦ってくる。
悋気にまみれた女官達の戯れ言に背を向け続け、使えない医女官だと疎んじられてきた時の思い出。
争いに悩み病に臥してしまった女官を看病した事もあった。
そんな色恋事から一線をひいて退いてきた筈だったのに。
なのに、
徐々にその悋気が今度は己の身体を蝕み始めている。
誰かを好きになる事は素敵な事だが、あまりに多くの争いを目にし過ぎてしまった玉蓮にはこの小さな不安が怖くて、恐ろしくて仕方がない。
『男の人はね、愛しているって言葉を、お腹が空いたって言うのと同じくらい簡単に言えるものなのよ』
『一夜を共にするまでしか続かない愛もあるの』
(私にはそんなの無理)
「皇毅様、ごめんなさい」
逃げ出すように寝台から滑り降りると、異変に気がつき今度こそ覚醒した皇毅に腕を掴まれた。
「どうした、何処へ行く」
「あ……先程、皇毅様はお心の内で私ではない方とご一緒のようでしたので私はお邪魔かと」
悋気は決して見せてはいけない。
ならば敢えて見せつければ、そうすれば今度こそ棄てられるのかもしれない。
こんな醜い考えの自分をいつまでも傍に置いておくよりはいいと玉蓮はわざと責めるように言い放った。
しかし皇毅は全く動じない。
「ほぉ、私が寝惚けてお前を他の女と間違えたとでも言うのか。ならば名前くらい呼び間違えたのだろう?どう呼んだ」
「えっ……」
「麗李か、采姫かどっちだった」
「そ、それは、麗李さんだったような気がします。でも姫がついたような気も……」
「適当言うな。どっちも知らんそんな女」
「えっ!!」
余りにも単純な引っ掛かりように今までの暗い気持ちが一瞬で霧散してしまう。
そして言われるや否や腕を引かれて再び寝台へ引きずり込まれた。
驚き身を竦める玉蓮の上に覆い被さり溜め息を吐く。
「寂しかったのか」
皇毅に見つめられ複雑な思いで心がかき混ぜられるようだった。
愛する気持ちと不安とはいつも隣り合わせだと身に滲みる玉蓮はむずがるように皇毅の背に腕を伸ばしてすがりついた。
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