花の攻防
眠っている皇毅を静かに眺めていると、緊張していた筈なのにいつの間にか玉蓮もうとうとと微睡み始めていた。
シンと静まりかえった仮眠室の中、玉蓮はふと目を覚ましたが暗がりの中聞こえて来るのはやはり傍にいる皇毅の寝息だけ。
「皇毅様……」
安心してそっと囁くように呼んでみる。
玉蓮の声を聞けば何事も無かったかのようにパチリと眸を開きそうだったが、やはり皇毅は眠ったまま。
すると不意に嫌な考えが過る。
誰かを寄せて眠る事に慣れているのかもしれない。
幸せな気持ちに割り込んで来る灰の暗い不安。
(こんなに傍にいてくださるのに、寂しいなんておかしいわ)
そう自分を叱り一人溜め息を吐いて皇毅をチラリと見下ろしてみる。
射ぬくような双眸が閉じられている今、目に留まるのは皇毅の硬質な髪や整った顔立ちだった。
しかし見とれいる自分が恥ずかしくなり段々と顔が火照ってくる。
(か、か顔色よし、発汗よし、呼吸音も、よし……)
気持ちを誤魔化す為に望診をしてみる。
しかし望診すると切診もしてみたくなるのに不用意には触れられない。
それに正直、今触れてみたいのは脈診する手首ではなく目の前まで来ている皇毅の色素の薄い綺麗な前髪。
静かに眺めているうち段々気持ちが大きくなってゆく。
二度と無い機会かもしれないと指先を前髪まで伸ばして、拇と中指で色素の薄い髪に触れてみた。
柔らかい玉蓮の髪とは全く違い、毛質がしっかりしている触り心地が珍しくてサワサワと指先で撫でてみる。
すると皇毅は違和感に眉を顰めて身動ぎをする。
驚いて固まる玉蓮の耳に微睡む皇毅の呟きが一言だけ入った。
「なんだ、まだ寝てろ……」
(……えっ?)
皇毅は此方を見ずにまた眠りに落ちたが、安心するよりも言葉の内容が繋がらない事に眉を落とす。
−−−今、自分ではない誰かに、話しかけていた
「………」
サッと身を翻して皇毅に背を向ける。
こんな事で泣き出す姿など見られたらまた呆れられる、それに悋気の強い女は疎んじられると書物でも読んだ。
分かっているのに涙が零れてくる。
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