戻れぬ日


開かれた隠し扉を抜けるとそこは確かに以前通された仮眠室で、暗がりから見る室の造りに見覚えを感じながら中へ進むと先程までの冷えた空気が和らいだ。
キョロキョロと見渡している玉蓮を仮眠室の寝台に座らせて皇毅は膝を折り向き合う。

「私が戻るまで此処にいろ」

「あ、あの皇毅様、そろそろ包帯を取り替えた方がいいのですが」

どんな事があっても忘れないように包帯と薬だけは腰にしっかり巻き付けていたと、いそいそ取り出す姿に皇毅は半ば感心する。

「お前の医女根性には呆れるな。そんな事はいいから持たせてもらった弁当でも食べていろ」

それを聞いた玉蓮は思い出したようにハッとする。

「……お弁当は軒に忘れて、きました」

「………」

せっかく皇毅のお弁当を預かっていたのにすっかり忘れていた。
もし皇毅が軒を邸へと戻していたら弁当だけが寂しく残されているのを凰晄が見つけ落胆するだろう。
信頼して皇毅のお供につけてくれたというのに、やはりこんな自分には任せられないと思うに違いない。

「凰晄様が皇毅様にと作ってくださったのに、申し訳ありません」

詫びをする姿を見ながら皇毅はふと眸を細める。

「あれは家令だ。何故そんなに気を使う」

「だって、皇毅様のお母様のような……方です」

それを聞いた皇毅は急に額の傷が疼く気がした。
万年無礼講な家令の態度を無視し続けたツケがここで来るとは思いもよらなかった。

「何度でも言うが、あれは家令で大妃じゃない」

「でも、私にとってもお母様のような方になってくだされば嬉しいんです」

親が居ないのは彼女も同じだった。
玉蓮が家令を母親代わりに慕うのならば皇毅も考えを改めざるを得ないだろう。
そして、凰晄がそれに漬け込んで大きな顔をするような下等な者では無いことは長年の付き合いで知れていた。

「面倒な姑にイビられる事のない生活が私に嫁ぐ利点だと思っていたのだが、そんなに嫁姑ごっこがしたかったのか」

「えっ……嫁」

皇毅がからかうつもりで言うと玉蓮は真っ赤になって絶句した。




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