明ける昊へ向かう
すると、ふと軒が止まり「裏につけました」と随人から声がかかる。
「お前達はここでいい」
皇毅は随人達に指示を出しながら、羽織れと玉蓮に掛布を回す。
御史台に着いた途端に緊張感が高まる玉蓮だが、悟られないように笑顔で頷いた。
まず皇毅が軒を降りて次に玉蓮へ手を差し伸べる。
決して強く引かれることはなく介添えの様にゆっくりと玉蓮を降ろす仕草はまるで恋人を扱う姿だと随人の男達は感じた。
悟い者達は玉蓮がやがて皇毅の妻に上がるという可能性を考え、そしてこれは主からの無言の威圧だと察した。
二人は礼をとる随人達を残し御史台の外壁をぐるりと巡り奥へと足を進める。
しかし、そこには道らしい道はなく藪を進んでいるようだった。
どうして何もない藪を進むのだろうと不思議に思っていると暗がりの中に一つの寂れた門が見えてくる。
御史台の表門は大きく重厚で必ず門を守る武官が配置されていたが、今到着した門は草木の茂る古い様相を呈しており無論誰も配置されてはいない。
此処は誰からも忘れられた場所のようにも思える。
「ここは長官職専用の裏口で隠し通路へと入れる場所だ」
当たり前の様に簡単に説明し、皇毅は裏門の錠を確認している。
一方玉蓮は何だか知ってはいけない事を目の当たりにしている気分になり、なるべく皇毅が確認している作業を見ないようにしていた。
やがて錠を解除した皇毅に入るぞ、と声を掛けられるが門から中へと続く通路は穴蔵の様に暗く正直足がすくむ。
「入るのが怖いのか」
「そ、そんな事ありません!」
必死に首を振るが、なるべく皇毅に寄り添って狭い石造りの通路へとついて行く事にした。
通路内はやはり暗闇に目が慣れていても歩き辛く、湿気を帯び何処からか入ってくる風の音だけが響いていた。
「密閉された暗所で気分が悪くなる者もいるが、お前は大丈夫か」
そう訊いてくる皇毅の声は静かに話してはいるが、周りの石畳に共鳴して響き通路の長さを物語っていた。
「私なら平気です。ありがとうございます」
そう言うと、握られた手が若干強く握り返された気がして玉蓮の心を落ち着かせてくれた。
そして皇毅と共にいたいという気持ちを深めた玉蓮は改めて皇毅の家柄や御史台長官という高い地位に関して気になり始めていた。
このまま事が上手く運んでも、どう取り繕おうと自分は公の場で皇毅の横に並べる気がしてこない。
貴族の婚姻というのは周りとの関係を繋げるものだと義父にも教え込まれていた。
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