何度でも逢いに
黙り込む皇毅を見て玉蓮は静かに申し出る。
「皇毅様……どうか私の事はもう」
「お前、たった今私を愛しているとか言ってなかったか」
玉蓮はこくりと頷いた。
皇毅は自分の為に出来る事をしてくれた。
それで十分だった。
それに始めから自分だけ罪から逃れようとは思っていなかったし、まして関係のない皇毅まで追い落とす事になるのなら今からでも流刑なって構わない。
「離れていても……愛しております、一緒にいる事だけが、」
そう言いかけた時、急に皇毅の冷たい双眸に射抜かれた。
「お前までそれを言うのか」
「えっ?」
(お前まで……って何?)
皇毅は玉蓮から身体を離し額に手を当てた。
自分から皇毅が離れてしまった事が寂しくて、そして誰の事を言っているのか気になった。
「皇毅様……」
「………」
皇毅を助けたくて言ったのに、ただそれだけだったのに。
玉蓮の想いは届かない。
そして、誰かの事を思い出させてしまったようだった。
静かに宮城に向かう軒の中、先程まで二人身を寄せていたので寒さなど感じなかったが、急に冷え込んで来た気がする。
持っている掛布を皇毅にも回してあげたいし、傷口も気になった。
「こんな事になってしまって、本当に申し訳ありません」
話しかけたが返事は無く、もう此方を見ようとしない皇毅はやはり自分ではない誰かの事を考えている様だった。
「皇毅様……」
(貴方だってさっき、私を愛していると言ってくださったのに)
「離れてしまったら、私の事……忘れてしまうんですか?」
「さあな、しかし私は冷たい男だから期待はするな」
玉蓮はしょんぼりと俯いた。
自分だけが流刑の地で皇毅を想っていても、彼はまた別の誰かを見染めてこんな風に傍に置くのだろうか。
そしていなくなった女の事など直ぐに忘れてしまうのだろうか。
「そんな、忘れられてしまうのなら……私、離れません…」
「何……」
皇毅はほんの少し眉をあげた。
身を引く事しか考えない玉蓮が初めて押して来た事に驚いた。
そして精一杯不機嫌そうに眉を寄せている姿を凝視しながら再びゆっくりと身体を引き寄せる。
「だったら、もう二度と言うな」
二度と離れるなどと云ってくれるな、そう耳許で繰り返される。
「はい、私は皇毅様から離れません」
−−−だからもう私だけを見て
思いの外、嫉妬深い自分の心が身に染みるが抑えられない。
流刑地に流される事が怖いのではない、皇毅に忘れられてしまう事が堪えられないとしがみついた。
自然と再び唇を重ね、愛していると睦言を囁き合えば気持ちが落ち着いてくる。
皇毅に触れればやはりいい香りがして心地好い。
この香りが自分にも移ればいいと思う。
恋人なんです、そうこの香りで触れ回りたい欲で一杯になる。
「我が儘でごめんなさい……でも皇毅様、最初からやり直せたとしても、もしこんな事になってしまうと分かっていたとしても……また、私を拐ってくださいますか?」
面白い事を言うと皇毅は暫し考えた。
「そうだな、もし最初からやり直せるならば……早々にお前を垂らし込んで恩赦の為にとっとと出頭させるだろうな」
お前は私が好きになるのだから簡単だろう?
ニヤリと笑われ顔が熱くなる。
「私も、こうなると分かっていたら、もっと琵琶を練習しておきました」
「馬鹿め……犯罪に荷担するな」
「だって、だってそれでは皇毅様に会えません」
それ程、皇毅は奥深くに存在している人だった。
皇毅に出逢えるならば、きっとまた何度でも罪を犯し、あの灰の暗い御史台へと足を踏み入れるだろう。
「お前も罪深い女だな……いいだろう、何度でも逢いに来い」
優しい咎めが嬉しくて、ありがとうございますと皇毅の首に腕を寄せ抱き返した。
皇毅の過去を、思い出した人の事を詮索する気は無かった。
ただ、私は自ら離れたりしない。
そう静かに誓った。
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