分裂
「先ずは、一体何があったのか聞かせて欲しい。判断する情報が少なすぎる」
客室の椅子に腰掛けた旺季は出された酒に手をつけず腕を袖の中へ隠したまま問いかける。
「当主が三の姫様の不興を買ったようです。しかし具体的な顛末は……前に控えている者がおりませんでしたので、当人同士にしか分かりません」
凰晄は「龍笛を持ってきてくれ」と言われた事を思い出す。
自分を意図的に退けただろう皇毅が口を割るとも思えなかった。
離れた時点で真相は闇の中に消えたも同然。
嵌められたのだ。
返答が続かない凰晄の様子に旺季も落胆する。
「向こうでの情報と変わらんな、進展がない。家令のお前は第三者として把握してなければならなかったのだぞ。当人同士では言った言わないの喧嘩になるではないか。しかも証拠がない泥沼だ」
「……仰る通りです。何れにせよ騒動はこの邸で起こったのです。此方から謝罪状を出します」
「もう遅い、それに皇毅が戻ってから出したのでは逆効果だ。巨額の慰謝料を請求されかねんぞ」
「……それでも出さねば」
コッソリ盗み聞きしているであろう侍女達がまた真っ青になっているのが容易に想像出来た。
「これがただの婚姻ではない事は分かっていたろうに、それに私はちゃんと皇毅に断わる機会を与えていた」
三の姫の父親から仲人役を頼まれた際、正直旺季は気が進まなかった。
最愛の姫を手離し、もう生涯独り身を決め込む様相を呈していた皇毅に保身を固めるだけの婚姻を何故勧めなくてはならないのか。
何の嫌がらせですかと嫌味を言われる気さえした。
だから旺季はこの縁談を断わる機会を作ってやった。
見合い相手の三の姫には内密に皇毅を三の姫の邸へと招き、そこで皇毅が首を横に振れば後腐れなく破談に出来るように手筈していた。
しかし旺季の予想に反し其処で皇毅は「旺季様がご推薦されるなら、是非」と言ったのだ。
もしかしたら、もう過去を引きずる姿を見せまいとする皇毅なりの思いやりかとも思え、あの時はその愁傷さに胸が詰まる思いまでした。
そして内談であったがそこで婚姻は成立したも同然となった。
それなのに、
あの言葉は一体なんだったのだ。
自分だけが見ていた美談だったのか。
こんな不始末しでかして何の嫌がらせだと此方が訊きいてやりたいくらいだ。
「仲人の旺季様にもとんだご迷惑を……」
全くだ、という本音を飲み込んで旺季は続ける。
「私の事は気にするな。それよりお前の主の事だが、阿呆な子程可愛いとも言うが、阿呆の範疇を越えたな」
「はい、今回ばかりは底抜けかと」
フッ、とやっと旺季は笑みを溢す。
そして一番訊きたかった事を口にする事が出来た。
「凰晄、お前からの印象で構わない。皇毅は……まだ、引きずっているのか」
最愛だった姫を手離した事を未だに。
「……そうですね、生涯忘れる事はないでしょう。しかし、引きずってはいないと思います」
だから−−−もう二度と手離さないと決めたのかもしれない。
玉蓮への愛し方は嘗てと違い強引で勝手なものにも見えたが、少なくとも三の姫との縁談を破談にさせる為の当て馬ではない事だけは確かだと思えた。
二人は結ばれるのか、また結ばれて良いのかは凰晄にはまだ分からなかった。
しかし辛い時を越えていつの日か再び旺季に祝福してもらう時が巡ってくればいいと願わずにはいられなかった。
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