郭の褥


「では、大夫様は偶然訪れた只のお客様でしょうか」

皇毅はまた酒を注いで口に入れる。

「全くその通りだ」

「………」

もう言葉が続かなかった。
惨めな姿を見に参りました、そんなつまならない結末。玉蓮の胸は何かに掴まれて締め付けられたように苦しくなる。

「これからは官職ではなく名前で呼べ、都合が悪い」

また来る気なのか、玉蓮は横を向いて押し黙る。
皇毅はそんな玉蓮の顎をつかんで再び自分に向かせる。

「筋書きはこうだ。何処ぞから身売りされてきたお前を偶然何処ぞの客が見染めて身請けした、つまらなすぎて誰も気に留めない話だ」

「……え?」

玉蓮は意味が分からず聞き返す。

「お前を身請けしてやると言ってるんだ。お前の医女官の資格は剥奪されたから公の場で医療行為はもう出来ない。食医として私の邸に引き取ってやるから来い」

「大夫様が、私を……引き取って?」

「皇毅だ、名前で呼べ。大体はお前が元凶だ。目を掛けて出頭しろと言ってやったのに一緒に仲良く流刑になるとか抜かして、流刑地がどんな所か知っているのか?お陰でこの手間だ。しかもこんな下級女郎屋のお前の身請け金額がとんだ破格値と来た。破産させる気か」

寡黙だと思っていたのに皇毅は悪口となるとかなり饒舌だ。しかし玉蓮は我慢していた涙をぽろぽろと零す。

「どうして、私などを」

「私の病を治すと豪語したからな。約束は守れ」

ありがとうございます−−−

そう言いたいのに苦しくて言葉が出ない。

皇毅は自分を見捨てた訳では無かった。
それどころか当ての無い自分を引き取ってくれると今確かに言ってくれた。

皇毅は玉蓮に主旨が伝わったと確認すると出された膳に箸をつけだす。
すると横で控える玉蓮が涙を拭ってじっと様子を窺いだした。

「……何だ」

「い、いえ」

もじもじと口ごもる玉蓮の考えている事が何となく読めた皇毅は箸で膳にのっている刺身を一切れ抓んで玉蓮の口に押し付けてみた。

玉蓮は驚いて目を開いたが、次に押し付けられた刺身を遠慮がちに口に入れる。

「ありがとうございます、皇毅様……」

それは身請けの話かそれとも今の刺身の話か。
呆れ返った皇毅は眉間に皺を寄せながら箸を進めつつ、たまに玉蓮の口にも入れてやった。もしかしたら皇毅のいらないものをくれているのかもしれないが、お腹が空いていた玉蓮は顔を紅くしながら皇毅がくれるのを大人しく待っている。

すると静かだった隣から、女の高い声色が聞こえて来た。最初は何かしらと不思議に思っていたが「だめ、イヤ、」と響く喘ぎ声に玉蓮は真っ赤になる。

皇毅は別段表情を変えずに膳を進めているが、食べたら帰るつもりだろうか。
それとも今夜は此処に泊まるつもりだろうか。

(泊まるって、私はどこにいたらいいの)

皇毅はうろたえる玉蓮の考えている事などやはりお見通しで黙々と膳を進めていた。




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