桃遊楼
一斉検挙によって予定通り主犯及び共犯の一族は御史とその護衛によって捕えられ、邸では財産仮差し押さえの手続きが進んでいた。
裁判で判決が覆る事の無いほど物証は揃っていた為、家財には次々と仮差し押さえの札が貼られていく。
その様子を淡々と眺めながら、清雅は罪人が乗せられていく軒の横に馬を付けた。
そこでふと気が付く。
(あの女がいない……)
先程まで確かにその辺にへたりこんでいたと思ったのに、今探しても玉蓮は何処にも見当たらない。
周りの御史は誰も気が付いていない程どうでもよい存在だったが、清雅は無償に気に掛った。
妓楼がどうのとかいう話はやはり本当だったのか。
暫く思案した後、清雅は検挙が続く現場から抜け御史台へと馬を走らせる。
長官室で一斉検挙の報告を待っていた皇毅は、扉から清雅が入って来た事に予想外の表情をした。
「どうした」
「銀山横領の案件について、報告があります」
そういえば玉蓮の経歴抹消を命じたと思い出した皇毅はそれで、と続けた。
「本日執り行われた一斉検挙の現場に向かい経歴抹消を承けた女に会いましたが、その女が突然行方をくらませました」
それを聞くと皇毅の双眸が一気に厳しいものに変わり清雅を差し貫くように睨みつける。
「誰が検挙に向かえと言った」
「………」
清雅には黙って皇毅の様子を窺う位の度胸は座っている。
(女が消えたのは、皇毅様の予定通りか……)
清雅は皇毅の様子からそう読み取ったが、それ以上自分が関わる事は一切許さないという無言の威圧を感じる。
皇毅から何かを聞き出す事は不可能だと悟った。
「申し訳ありません、出すぎた真似をしました」
一礼して長官室を後にするがその足で自分の執務室に向かう。抹消せよと命じられた玉蓮の戸籍謄本にもう一度目を通す為に。
清雅もこのまま引き下がる気は更々無かった。
長官室で清雅を見送った皇毅は舌打をする。
清雅なら手落ち無く戸籍と経歴を抹消出来る上に、この件に大して興味など持つまいと踏んで任せた事だったが、どうやら読み違えたようだった。
差詰め玉蓮が自分の弱味でも握っていると勘違いしているのだろう。
あれは絶対に消息を追って来る。
(面倒な事になったな)
皇毅は厳しい双眸のまま腕を組んだ。
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