誤算


「玉蓮お嬢様!凄い臭いなんですがッ」

侍女は鼻をつまみながら玉蓮がハタハタ扇ぐ薬湯壺を眺める。
紙で蓋をしてあってもかなり臭う。

自宅の庭で薬の調合をしだした玉蓮はごめんなさいと頭を下げた。

「明日ね、直ぐにお渡ししたくて煎じているの」

「どなたにですか?急病人なら先ずは鍼って仰ってませんでしたか?一体それは何ですかッ」

鼻をつまみながら捲くし立てられ玉蓮は顔を紅くして困った様に目を反らせる。
急病人ではないけれど、これを持っていけばまた直ぐに皇毅が会ってくれるかもしれないなどと考えている自分が恥ずかしい。

けれどもうじき牢に入れられてしまうかもしれない身だからこそ思い切った事もしてみようと思えるのかもしれない。

「当帰四逆湯を作ってるの」

「はぁ」

侍女は何かと聞いた私が悪かったですと横に座ると玉蓮は侍女を見てニッコリ微笑む。

「あなたの嫁ぎ先が決まって本当に良かったわ」

「き、急に何ですか!?私は嫁いでもお嬢様のお世話しに参りますよ」

「それは駄目よ、私は大丈夫だからちゃんと旦那様を大切にして差し上げてね」

「ああ心配です、早くお嬢様に良縁が……」

侍女がそう言いかけた時、邸の門の方から何かが倒れた様な大きな音がした。玉蓮は立ち上がる。

(まさか……まさか違うわよね)

玉蓮の願いも虚しくドタドタと騒がしく人が入って来るのが分かる。

「何なの!?お嬢様はここにいてくださいね」

侍女が様子を見てきますと行ってしまうと玉蓮はその場に座り込んだ。

治療をさせてくれると言ったのに。

「嘘吐き……」

ポツリと言った自分の言葉で現実味が増してくる。
捕まれば罪を犯す恐ろしさから解放され安心すると思っていたのに、それなのに皇毅に嘘を吐かれた事が悲しくて、悲しくて仕方がない。

「お前が玉蓮か」

いつの間にか目の前に御史が一人立っていた。
玉蓮は令状の行を背筋を正して聞き一礼する。

令状文を述べた清雅は改めて玉蓮を値踏みするように見る。

「お前一体長官に何をした」

「え……」

「長官がわざわざお前にだけ特別な最期を用意してくれたぞ」

玉蓮は清雅の言う意味が分からない。
そんな彼女を見て清雅は愈々謎が深まるようだった。
初な振りをしているだけなのか、それとも本当に分からないのか。
清雅は更に試しにかかる。

「ただの共犯だったら身分を剥奪した上に妓楼に売りとばしたりするかよ」

「大夫さ、まが、私を妓楼に売りとばせと仰ったのですか……」

玉蓮は絶句して、それ以上何も言えなかった。

極秘任務を担当した一人の御史と清雅が皇毅の大誤算へ繋がる。




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