闇夜の龍笛


皇毅の後を暫く付いて行くと、池に橋が架けられた美しい庭が見えて来た。
葉の少なくなった柳が数本風に揺れている。
周りには高い城壁が張り巡らされるこの庭はどこか後宮の中庭に似ていた。

腰掛けになりそうな小巌に玉蓮を促し皇毅は龍笛を取り出す。

玉蓮は龍笛を珍しそうにチラチラと見ていたが、皇毅が歌口に構えると慌てて自分も琵琶を出した。

続いてやるから何か弾けと目で促され、玉蓮は少し考えてから琵琶の弦を弾じき始めた。

玉蓮の音を数段聴いて皇毅も後に続き龍笛の音色を奏でる。

と−−−。

「むむむ無理です!」

玉蓮はいきなり真っ赤になって琵琶の手を止めた。

「何だ」

ムッとした顔で聞いてくる皇毅に申し訳なくて顔が合わせられない。

「大夫様のお手が巧すぎて、合奏になりません……」

聴いたことの無い様な完璧な音色に戸惑いを隠せない。

「私が巧いというより、お前が下手なんだ」

ヘタクソと言われたのを思い出したが自覚が無かっただけに余計恥ずかしい。

「大夫様はこんなちぐはぐな合奏、恥ずかしくはないですか?」

恐る恐る聞いてみると、皇毅はニヤリと哂った。

「別に私は恥ずかしくはない。恥ずかしいのはお前だけだからな。続けるぞ」

皇毅が恥ずかしく無いのならいいかしらと、甘えた気持ちになり再び琵琶にバチを当てる。

月は大分と傾いていた。

今度は二人の合奏が月夜に溶け昊に吸い込まれてゆく。
夜空に色がつくような音色を心ゆくまで堪能していた玉蓮はふと、皇毅に目を向けた。

思ってはいけない様な事を考えてしまいそうで、慌てて琵琶へと意識を戻す。

やがて夜空の色が薄くなって来たのを見て皇毅は龍笛を離し、玉蓮も琵琶の手を止める。とても楽しい時間だった。
もしかしたら皇毅は仕事の手を止めて一緒にいてくれたのかもしれないと思うと申し訳なくもなり、でもやはり嬉しい気持ちが湧いてくる。

「明け方は更に冷える。戻るぞ」

はい、と言いそうになって言葉を飲み込んだ。

「私、私は夜も、じきに明けますので……ここで」

「………」

皇毅は暫く沈黙していたが、そうかと返事をして踵を返して行ってしまった。

追いたくなる気持ちを何とか抑えて玉蓮は皇毅とは逆の城門を目指して歩き始めた。

途中何度も振り返ったが皇毅の姿はもう何処にも見えなかった。




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