月夜の琵琶姫


琵琶と鍼道具を携えて後宮へ出仕すれば、いつもと変わらない毎日が始まる。

側室どころか正室となる王妃不在の後宮は医女官として大変残念な事態であった。婦人の病に通じ、健やかな御子のご誕生に力を尽くす事が後宮医女官としての誉れであるのにそれが叶わない後宮。

主上がお渡りになりいつか自分にお手がつくのではと心待ちにしている上級女官達も暇を持て余していた。

何故なら劉輝は見事に全く来ないという。


薬湯を煎じている玉蓮に女官達が興味本意丸出しの笑顔で話しかけてきた。

「玉蓮、御史台ってどんな所だった?アナタ琵琶なんて持って来ちゃってどうしたのかしら」

目聡い


玉蓮は「縁談活動してきなさい」という言葉を思い出して真っ赤になった。

「やっぱりー!真っ赤になってる!素敵な人見つけちゃったのね」

「ちが、違います、最近練習してなかったので持って来ただけです」

恥ずかしい。やっぱり持って来るんじゃなかったと後悔したが、噂話しの大好きな女官達は勝手に盛り上がっていた。


そんな中、玉蓮は煎じ途中の薬湯壺を扇ぎながら考えを巡らせていた。
医術は人を助けるものであり、人を殺めるものではない。
鍼は打つ場所を少し反れたりすれば急所に当たる事もある。しかしそれは決してあってはならない事。

玉蓮は決めていた。
御史大夫の命を、医女官である自分が医術を悪用して奪う事など出来そうにない。否、やれるわけがない。

ならば調査資料をどうにかして持ち出す、閲覧するだけでもいいのだ。
玉蓮が一晩考え抜いた結論は果たして上手くいくのであろうか。

しかし悪事の荷担をして養い親に恩を報いなければならない、例え本意でなくとも自分には断わる事が出来なかったのだから。

玉蓮は一日の仕事が終ると一人暗い御史台へと足を運んだ。

門番に不審な目を向けられながらも何とか入城した御史台の中はやはり寂しい場所だった。

室の灯りもまばらで静寂の夜となっている。元々御史がどれ程所属しているのかすら分からなかった。

御史のみ立ち入りを許される資料庫を探して歩いていた玉蓮はふと、広い中庭に出た。

さして花々も咲いてはいないが、手入れは行き届いている小綺麗な中庭。

心が和む空間を見た瞬間、玉蓮は疲れがどっと込み上げてしまい中庭に誂えてあった円卓の脇にある小椅子にストンと腰掛けた。




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