月夜の琵琶姫


一晩泣き明かし腫れてしまった目元を化粧で誤魔化していると部屋の扉が叩かれた。

「玉蓮お嬢様」

この邸に引き取られてからとても良くしてくれている侍女の声に、玉蓮は急いで扉を開ける。

侍女は一礼し朝餉を持って入ると、目の腫れた玉蓮の顔をみて心配そうに溜め息を吐いた。

「お嬢様、あまりよくお眠りになれませんでしたか?」

「大丈夫よ、新しい部署にも派遣される事になったから少し疲れただけ」

侍女は朝餉を机に置くと玉蓮の為に温かいお茶を煎れてくれている。

「お勤めもいいですが、そろそろ良いご縁談があるべきですのに……」

「え?」

唐突に何を、それに玉蓮としては今それどころじゃないのだが侍女は切り出したからには後には引けない勢いで続ける。

「お嬢様、今度は女ばかりの後宮でなくお偉い官吏様がこれでもかと犇めくギョシダイ?でしたか?にもお勤めですわね」

「え、はい……」

「お嬢様、ご縁活をなさいませ!」

(ご縁活?……って何かしら)

腫れた目をパチクリさせる玉蓮に言った本人も紅くなる。

「ギョシダイでよい方をご自身でお探しになるのです。つまり縁談活動ですわ!」

「な、何を言っているの?」

どこの貴族社会に自分で旦那様を探して回る姫がいるだろうか。
没落貴族ではあるが、縁談は両家の当主で決められるもの。

「心配してくれてありがとう。でも今は新しい部署に慣れる事で精一杯だわ」

やんわりと断ると侍女は部屋の隅に鎮座していた琵琶を手にとった。

「ではお嬢様、せめてこちらの琵琶をギョシダイにお持ちください」

「何故……琵琶を?」

愛用の琵琶だが、御史台に持って行く意味が分からない。

「幽玄の月夜に琵琶を奏でる琵琶姫となり、どこぞの殿方に見染めて頂くのです!」

「うふ、ふふふっ」

玉蓮は呆れを通り越しておかしくなってしまい、思わず笑ってしまった。

侍女は玉蓮が笑ったのを見て安心したようだった。

「あまり練習してないから見染められるなんて有り得ないけど、せっかくだから持って行くわ。ありがとう」

「そうなさいませお嬢様」

二人はニッコリして楽しいお喋りを続けた。


心の底にある畏れを思い出すと壊れてしまいそうになるが、それでもどうしていいか分からない。

出仕の準備をしながら、誰かに打ち明けたい気持ちで一杯になった。

でも誰に−−−。




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