温もり
楽しい時間は瞬く間に過ぎて行く。
遅くならないうちに暇の挨拶をした玉蓮は「夜道ですので送らせてください」と散々言う秀麗と静蘭の申し出を断り、一人で自分の住む邸に向かっていた。
さっきまであんなに心が暖かったのに、邸に向かうにつれて冷えていくのが分かる。
大きな邸の門の前に来ると、消え入りそうな声で「戻りました」と告げ中に入った。
邸の主人、玉蓮の養い親の男は玉蓮が戻った事を知ると自分の室に呼び寄せた。
趣味の悪い装飾の施された室に入った玉蓮は養い親に礼をとる。
礼をされた男は大きな椅子に座ったまま顔を下品に歪めた。
「遅かったな、御史台にはうまく潜り込めたか」
「はい……」
小さな声で返事をする玉蓮に男は続ける。
「それで、銀山の横領の資料は見つけたか」
「いえ、現在調査中の案件に関しては、資料閲覧は御史様にしか許されておりません。例え御史様だとしても調査資料の閲覧のみで持ち出す事は出来ません」
「それをなんとかしろ」
男は不快そうに命令した。
しかし、小さくなる玉蓮を見て思い直しニヤリと笑った。
「それが出来ぬのならやはり御史大夫、葵皇毅だ」
「………」
「あの男に近付けたか。病を見つけ出してみたか」
「……いえ」
「なら、でっち上げろ!!あの男を始末出来れば、後は何とか出来る」
男は玉蓮に近付いて来た。そして固まって動けない玉蓮の腕をつかんで威圧をかける。
「お前になら出来る。御史大夫の病を治すふりをして、誰にも、気付かれず」
玉蓮は震えながら目に涙を溜める。
「御史大夫にも気付かれず、大夫を安らかに、逝かせて差し上げろ」
秀麗の様になれたら、私にも違う人生があるのだろうか。
あの人を殺そうとせずに済むのだろうか。
「お前になら出来る」
男はもう一度同じ言葉を吐いた。
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