温もり


二人は日が落ちても賑わう貴陽の街並みを抜け、秀麗の屋敷に帰りついた。

奥から家事をこなしていた家人の静蘭が出迎えに出て来る。

「お嬢様、今日はお早いお帰りでしたね。おや?そちらの方は?」

静蘭は玉蓮に礼儀正しい笑顔で目を向けた。
玉蓮は静蘭の麗しい微笑みについ顔が紅くなる。

「後宮でお世話になった玉蓮さんよ。今日は夕食をお誘いしたの」

「突然お邪魔してしまい申し訳ありません。玉蓮と申します」

「いえいえ、とんでもありません。ゆっくりしていって下さいね。家人の静蘭と申します。是非これからもお嬢様と懇意にしてください」

静蘭は歓迎だった。職場の関係で仕方ないとはいえ、毎度秀麗にくっついてくるのは男の虫ばかりで、極めつけに最近はタンタン狸の榛蘇芳。

秀麗に女性の友達が出来るのは喜ばしい事だった。

友達というには彼女は秀麗より少し年上の様だったが、静蘭は瞬時の観察からして玉蓮が悪い部類の人間ではないと感じた。
相変わらず秀麗お嬢様は良い人間を引き寄せる力があると素直に感心する。

「お嬢様、夕食の下拵えは整っておりますよ」

「さすが静蘭ね。ありがとう!じゃあ一緒に作りましょうか」

「はい、秀麗様」

確かに秀麗の住む紅邸は嘗ての栄華の面影を残しながらも、没落貴族を連想させた。
名門藍家の次とされる大勢力、紅家だったが秀麗達の生活は謙遜でなく質素だった。

家人も静蘭一人の様であり、姫である秀麗自身が台所に立つとは。

しかし玉蓮はテキパキと菜を作って行く秀麗に感激した。手際もよくたちまち良い匂いが台所に立ちこめて来る。

高貴な身分を鼻にかけたりせず、仕事や家事もこなしながら、自分の目指すものに向かって実力で進んでいる。
国初の女性官吏となった為に厳しい世界に身を投じている秀麗。
しかし後宮にいる頃よりも逆に柔らかい雰囲気になった気がした。

(私も秀麗様の様な魅力ある人間だったら、流されるだけでなく自分自身で進んで行けるのかしら)

玉蓮は自分の作る饅頭を蒸しながら考えた。


夕餉の支度が整い秀麗、静蘭と玉蓮の三人で食卓を囲む。

生憎と秀麗の父である邵可は府庫にて残業との事だった。

手を合わせて、秀麗の作った菜を口にした玉蓮は戸惑った。

美味しすぎる。

どうして自分も手料理を出したいなどと申し出てしまったのか、後悔せずにはいられない。

今すぐ饅頭を引っ込めてしまいたい。

「玉蓮さんのお饅頭もいただきまぁす!」

「私もいただきます」

秀麗と静蘭は玉蓮の饅頭に手を伸ばす。
口に入れる前に静蘭は匂いをかいで、「ん?」と饅頭を改めて見た。
続いて口に入れて、確信した。

この饅頭……薬草がゴッソリ入っている。

漢方の苦味が肉汁にまで染みていた。

美味しいか、不味いか、どちらか決めなければならないとしたら。




不味い




しかし、秀麗は饅頭を眺めながらポツリと呟いた。

「懐かしい……」

饅頭は秀麗の母親である薔君が作った薬草饅頭の微妙な味にそっくりだった。

「とても美味しいですね、お嬢様」

静蘭は秀麗に声をかけながらまた饅頭を口にした。


「えぇ、本当に美味しいわ。ありがとう、玉蓮さん」

秀麗の瞳には涙が溜っていた。

「また是非、お饅頭をお嬢様に作りに来てくださいね」

静蘭も胸が詰まる思いで秀麗を見ていた。

健康の為とはいえ薬草を詰め込み、味は秀麗の菜に到底及ばない饅頭でそんなに喜んで貰えた玉蓮は、逆に恐縮してしまったがやはり嬉しかった。
秀麗達の事情は分からなかったが、またお饅頭を作りに来ますと約束した。




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