悋気の霞


色のない寒々しさとは対局の紅い壁
皇城の昊に月が架かると室の硝子窓を押し開けた。
すっかり月があがっている。

一度仕事に取りかかると瞬く間に夜が更けてしまうのはいつもの事だが、顔を見に帰ろうと思っていたのにすっかり夕餉の時刻は過ぎていた。

冬は虫の音もなく静寂が広がっている。
外朝とは一線を引き灯りの少ない御史台の回廊を眺めていると窓から寒風が吹き込み机の書翰を揺らした。

膨大な調査報告の中で一つだけ皇毅が書庫から取り寄せたものがあった。

疫病と火事で没した村の記録


それはとうの昔にしまわれた不都合な記録だが紛失させては逆に足がつく。
放っておけば誰もが忘れてしまうだろう古い記録だ。
埃を被っているはずだが、書庫に鎮座するこの村の記録のみ最近誰が触った形跡があった。

皇毅より早くこの記録にたどりついた者がいる。
おそらくは晏樹だろう。

村の記録の半分は嘘
もう半分は真実
では何が嘘で何が本当なのか

嘘で塗り固められたものだが村に残る者達の死因は真実であるはずだった。
なのでもう一度記録を紐解いてみたのだがその記載に矛盾が生じていることに皇毅はようやく気がついた。

それは玉蓮の父親の死因

『溺死』

あの村に取り残された者は全員『焼死』であるはずだった。

単純に鑑みれば疫病で封鎖した時に逃げ出した。
しかし村の封鎖網の最前線にいた皇毅に助けを求めた男が玉蓮の父親だったならば燃えさかる村へ妻を助けに戻ったはずだった。

皇毅は眉間に皺を寄せる。

男とその足下にへばりついていた娘の顔をもう一度思い出そうとするが、やはりその記憶は曖昧だった。
皇毅とて早くその場から離れたかった。
村に戻れば助からない、止めなければならなかったのに止められなかった。

若かりし頃の過ちが滲む。

なのでこれは推測に過ぎないが、溺死の記録に間違いがなければ燃える村から脱出を試みたのだ。
そして玉蓮を抱え村の崖から滝壺へ飛び込んだ可能性がある。
あの村から火を逃れるにはそれしか無い。

父親は溺死し、娘だけが助かった。

(どんな結末だ……)

もしかしたら晏樹も同じ事をこの書物を開いて思ったかもしれない。

村の最後を見届ける皇毅に見捨てられ、そして娘を助けるために命を失った男がいた。
国試に落第し続けたが本当は優秀な男だった。

当時のこの地方の県令が不正な賄賂で会試の合否を操作していた事を御史台は掴んでいた。
しかし国試組の力を削ぐために敢えて阿呆な県令ともども見逃していたのだ。

親の賄賂で不正に及第した国試組官吏達の腐敗を見逃していた礼部の動向にも注視しつつ泳がせていた。

御史台に二度見捨てられた才能だった。

(よくある話だが運がない男だ…)

それしか言葉が浮かばなかった。
これ以上考えては押しつぶされる。





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