迷いへの入口


湯浴みから西偏殿へ戻ると先ほどの言葉通りに凰晄が待っていた。
話があると言っていたがどんな事だろうか。

卓子に向かい合うと丁寧な仕草でお茶を出してくれた。
なんだか家令の様子まで昨日とはまるで違っている。
侍女や凰晄の態度は玉蓮が今どういう立場なのかを浮きぼりにしているが、玉蓮は短い間に浮き沈みの激しい自分の身分に背を縮むようだった。

温かい銘茶を口に含むと身体が安心したのか力が抜ける。

「凰晄様……旺季様の後ろ楯を得る前に再び皇毅様と……あの、すみません」

恥ずかしい。
なんでこんな事を言っているのだろうかと思うが、凰晄の目論見からはずれた事をしてしまったのだから仕方ない。

頬を真紅に染める玉蓮とは対照的に凰晄は淡々としていた。

「構いません。毎晩同衾しながら何も無かった方が気味悪かったので普通に恋仲だと知れて良かったです。これ以上焦らして見限られても困るでしょう」

「別に焦らしていたわけでは……!」

頸を振って否定するが、家令の話はそのことではないようだった。
散々言い訳している玉蓮の話を耳半分に自分の前に置かれた茶器をゆっくり口へ持ってゆき一口銘茶を含んでいる。

「私がお話せねばならない事をそろそろ言ってもよろしいか」

耳半分どころか全然聞いていなそうだった。
お願いします、と背筋を伸ばす玉蓮に対し別に楽しい話をしようとしているわけではないので溜息が自然と洩れた。

「貴族派から主上のお妃候補を二人選出する話はしたが、それがもう一人増えたそうだ」

「え、?」

最初は皇毅の妻候補だと嘘を吐かれたが、その二人は実は主上の妃候補。
紅家に続き藍家からも妃候補が選出される情報を得た貴族派からも両立させようとしている。

未だ妃が不在な後宮には妃候補を迎え入れる事は急務だった。
春を待って、桜の美しい季節にしよう。
紅貴妃と主上の桜の下での出会いにあらかろうとしているらしい。

「三人は多すぎではないでしょうか」

「全然多くありません。それより三人目が問題なのです。当主と縁談があった三の姫でした」

絶句し飛び上がった拍子に茶器が倒れて中身が卓子へ流れ出た。


−−−−−三の姫、


反応を見た凰晄はまた溜息を吐いた。
こんな調子の玉蓮に言っておこうか否か迷うが、しかし一応知らせておかねば。

「どうも三の姫側の思惑が気になる。向こうも我々と同じ事を目論んでおり、理由をつけて旺邸へゆき旺季様のご推薦を頂いて葵家の正室になろうとしている可能性がある」

もともと旺季様の推薦で縁談があったのだ。
お門違いでななかった。
しかしその縁談はご破算になったはずだった。

「三の姫様は皇毅様を恨んでいるような振る舞いでした。そんなはずはありません」

葵邸に帰れずにいたときに再会した三の姫。
相変わらず美しく、儚げで、それで、何故か池に突き落とされた……。

しかし、今思えばそれって……恨まれているのは自分の方?


「そんな事、女の心理など容易に分かるものか。どうやら三の姫の後ろには貴族派の凌晏樹殿がついているらしい。もし三の姫に未だ当主への未練が残っており、凌晏樹殿が後ろで援護しているとすれば相当手強い。葵家の正室は三の姫に持って行かれるかもしれぬ。それが婚姻というものだ。愛ではなく力関係なのだ」

そんな、馬鹿な……

気が遠くなる玉蓮へ懇願するように凰晄は続ける。

「玉蓮、惨いように聞こえるかもしれぬが側室では駄目なのですか。皇毅は側室だろうが決して貴女を冷遇したりはしないだろう。三の姫に正室を取られても、側室として当主を支えてくれぬか」

側室……

「イヤです!唯一無二の妻でなければ絶対に嫌です!皇毅様も私にそう仰いました」

「落ち着きなさい…まだ憶測です」

憶測の段階でこんなことは言いたく無かったのだが、今の過剰な反応を見て凰晄は瞑目する。

万が一この嫌な予感が当たってしまったら、三の姫と本気で潰し合う泥沼の道しかない。
そんな二人など見たくもない。

しかし、どうしても三の姫が主上の妃候補ということに違和感と裏を感じてしまう。
少なくとも旺邸での再会は免れぬようだった。





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