愛の代償


床に仰向けになっているなんてやはりただ事ではない。
本当に具合が悪いのかもしれない。

「私が煩わせてしまったせいで申し訳ありません。そんな冷たい床に背中を置いては気血が滞ります」

皇毅の体調を心配したのに自分が体調不良の原因になってしまった。

「木札が必要ならば池に潜って探して参ります。とりあえず直ぐに侍医様に来ていただきますので寝台へ上がってください」

横で騒ぐ玉蓮を煩わしそうにうっすら眸を開く皇毅は手を伸ばし制止した。

「侍医はクビにしたので呼んでも無駄だ。これは最早持病みたいなものだから案ずるな」

「持病?」

「背中が焼けたような錯覚に陥る事がたまにある。最近無かったのだが」

お前のせいかもしれないと嫌味を言おうとしたが、池に飛び込んで札を探し出しそうだったのでそこで終わりにした。

焼けるような疼痛に襲われるのだ。
父親に背を切られ生死を彷徨い、旺季に助けられ、そして死にぞこなった。

その時の傷が痛むのだ。

「死にぞこないの亡霊…」

口をついて出たのは俊臣が投げかけた言葉だった。
本当に死にぞこなったのは自分だった。

一族から取り残されたまま、瓦礫と化した葵家から龍笛を探している時に背中が焼けるような痛みに襲われそれからずっとだ。
その頃はまだ縫った皮膚が引き攣っていたが今では背中の傷はとうに癒えている。

「背に古傷がありたまに痛むので床で冷やせばよくなる」

「古傷…危ない目に遭われたのですね。でもそんな治し方はあんまりです。寝台へ行きましょう」

傷の原因でも探りを入れてくるかと思ったが、事情はどうでも良さそうな素振りで床から寝台へと連れて行かれた。

同じくコウガ楼の札の件などどうでも良くなってしまったので寝台でそのまま眸を閉じる。
こんな時は治まるまで一人室に籠もりたく、そばに寄られると鬱陶しかった。

しかし医女はこのまま居座るだろう。
そんな風に考えながら冷えた床から離れた事によりぶり返す背の痛みに眉根を寄せる。


−−−−止まるわけにも、死ぬわけにも、まだいかない


−−−−どうしても見たくて、最愛をも棄てたのだ


このまま朝まで気絶してしまいたいと暗闇の深層で願っていると、背中にひんやりと心地良い感触が降りてきた。
冷たかったのに暫くするとほかほかと温かくなる。
大きな繭にくるまれたような温かさを感じながら意識が遠のいていった。


−−−−−−−−−


ふと、眸を開けると背の痛みは引いていた。
遠くに蝋燭が一つ灯っているだけでほぼ暗闇。

自分の腕の中で女人らしき者が横たわっていた。

「………」

一体どこから混乱しているのか。
室内の闇で思考も鈍っていた。



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