真夜中の来客
さて、どうしたものかと薄暗いというより真っ暗な回廊を歩いていると正殿も真っ暗だった。
俊臣が来ているのに灯籠どころか蝋燭一つ灯してやらないのは、なかなかの寒い持て成しっぷりだった。
皇毅が手燭のみを頼りに正殿で入ると中央の大机案に誰かが背中を丸めて座っていた。
窓は閉められているが、風でガタガタと嫌な音が立ち恐怖絵図を際だたせている。
亡霊が夕食でも食べているところに出くわした絵図等だったが、刑部の地下牢も似たようなものなので皇毅は足を止めず横に立ち肩を叩いた。
「亡霊にしか見えませんよ」
「相変わらずいきなり失敬な男だね!明るいのは好きではないから暗くしてもらっているんだ。察してくれたまえ」
それにしても暗すぎだろう。
手燭一つでは闇の中にお互いの顔だけがぽっかりと浮かんでいるだけに見える。
端からみれば生首が二つ浮かんでいるような……。
「貴方と一緒に亡霊扱いはごめん被りますので灯りを増やします」
「思考が鈍る!」
「うっさいんですよ」
吐き捨てて燭台に次々と灯りをともし漸く室内の様子が分かるくらいの状態になった。
それでも俊臣は黒い服を着ているため未だ浮かんだ生首のように見える。
俊臣の対面に座し双眸で『何時だと思ってんだコノヤロウ』と伝えると俊臣は口を曲げて指でトントンと机を叩いた。
「最近キミ、新婚ホヤホヤで家に帰るの早いじゃん。僕が起きる頃にはいないんだもの。内緒話も出来やしないからわざわざ来てあげたのにその冷めた眸。そろそろイカした棺桶をあげるに相応しい男になってみたまえよ」
「ごちゃごちゃほざかず早く用件を言ってください。私に実益のある話でなければそのイカした棺桶の中に詰めて宮城へ送り返します。そのつもりでどうぞ」
指を突きつけると生首の俊臣はにんまりと嗤った。
何か本当に朗報でもあるのかと皇毅は足を組んで椅子の背に身体を寄せた。
「新婚ホヤホヤで家に帰るなんてまぁ人間らしくて微笑ましいから見逃していたんだけれどさぁ……キミ、あの医女娶ってないんだね」
皇毅は瞑目した。
「まさか……まさか、それを説教しに来たのですか?今?」
人間らしく殺意が湧いてきた。
薄気味悪く嗤いだす皇毅にさすがの俊臣も本題に入った。
「それもあるんだけれど本題は僕が頼んでおいた仕事の経過報告が全然来ない事。門下省次官の邸に暗行御史送ったよね?まさか凌晏樹とお友達だから手を抜いてるのかい」
「………」
暗い室内に急に沈黙が降りた。
皇毅の視線は傍に家人がいないか確かめるものだった。
誰もいない事を確かめて再び視線を戻した。
「暗行御史を凌邸へ送ったのかい」
「……送りました。しかし、誰も戻って来ません」
責め立てる口調の俊臣とは対照的に皇毅は落ち着いている風だが、性分をよく知っている俊臣には絶望の色が落ちている事が伝わってきた。
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