誠実には程遠い
玉蓮を使用人と称したのは家令の命が掛かっているため。もし皇毅の妻を家令が棍棒で殴っていたら家令は死罪も免れぬのだから機転を利かせてやった。
そうともとれる。
凰晄は皇毅の本音を引き出しきれなかった。
(…詰めが甘かった)
無駄骨の上に肩が痛いと口を歪める凰晄に背を向け皇毅は床に転がっている扉を踏みつけた。
「但し、夜中に騒ぎを起こした不始末はつけてもらう。修繕費用は禄から差し引き今後半年間は減俸だ。凍死しない程度の炭くらいは出してやるが正月準備は諦めることだ」
「それくらい覚悟に上ですが、とにかく玉蓮は使用人扱いで良いという事ですな。旺季様の御邸へのお勤めも侍女として連れて行きますのでそのおつもりで」
凰晄の言葉に気絶していた振りをして我関せずだった玉蓮が突然首をあげた。
「凰晄様、私侍女ではなく医女がいいです」
「妻でないならどっちも同じだ!阿呆が!」
冬の雷に打たれた玉蓮はまたガクリ、と気絶した振りに戻った。
諍いの禍根を抱き抱えたまま皇毅は室を後にする。残された凰晄は外から吹き込んできた風で消えてしまった蝋燭の数を確認すると、床の扉を立て直して取りあえず元の位置に立てかけ閂で支えた。
これではすきま風が吹いて仕方ない。どこまでも冷静な凰晄の前に男衆が数人修繕道具と換えの炭を持ってやってきた。
「当主様から修繕を仰せつかいました。あと、こちらは新しい炭です。今日は一体何があっったのでしょうか。扉を二枚修繕する事になっておりますが」
午は玉蓮が体当たりして壊した西偏殿の扉、そして夜は凰晄の室の扉。
扉が古く壊れたならば仕方ない事だが、二枚との明らかに蹴り壊されているのだから事情を知りたくもなるだろう。
凰晄は答えてやった。
「二枚とも当主が蹴破ったに決まっているでしょう。あなた達は偉くなってもあんなになってはなりませんよ」
「はぁ……さようでしたか…」
やはり核心的な事情を話してはもらえなどうだと悟っり作業を開始する。
東偏殿の寒昊の下、扉を直す小さな音がコンコン、カンカンと響いた。
板を打つ乾いた音は西偏殿には全く聞こえてはこない。
雪が溶けて落ちる音が聞こえてきそうなくらい静まりかえっていた。
皇毅は自室へ戻ると玉蓮を臥台へ放り投げた。
柔らかいとはいえあんまりだと睨みつけると睨み返された。
「家令から何を言われた。旺季様の名があがっていたが」
旺季の名に皇毅が神経質になっている事が伝わってきた。
旺邸へゆき旺季に後ろ楯になって貰うよう嘆願しなさいと密命を受けた。それは皇毅には秘密裏に行うようとも言われている。
凰晄の本当の目論見を皇毅はまだ知らない。
それを打ち明けるべきか否か。
どっちを信じるべきかと迷うが、玉蓮は寒さから肩を振るわせ火鉢が置いてある室の真ん中へと歩いていった。
(今の私にとっては皇毅様を信じるべきか凰晄様を信じるべきかなど分からない。今確かなのはこの炭火の暖かさだけ)
パチリ、と火鉢から一つ火花が飛んだ。
とても綺麗で心が温かくなる。
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