愛と復讐と
石床に跪き俯く玉蓮は凰晄が棒で叩いてくるのではなかろうかと震え出す。
そんな疑いが筒抜けなのか凰晄は溜息を吐きながら手を差し出した。
「誰が跪けと命じましたか。椅子にお掛けなさい」
その声は先ほどの棘のあるものではなく落ち着いた普段のものだった。
言われるままによろよろと立ち上がり椅子に座ると目の前に茶が差し出され思わず顔を上げる。
玉蓮の湖面の瞳は滴で膨らんでいた。
「凰晄様お伺いしたいことがございます。皇毅様の奥様をお迎えしにゆくお役目を申しつかりましたが、それは王の妃候補なのでは……皇毅様がそう仰いました」
知らぬ振りをして旺邸へゆけと言われた。
けれど、どうしても凰晄の考えを聞きたかった。
単刀直入な玉蓮に対面に座す凰晄は全く動じなかった。それどころか少し口の端をあげ笑っているようだった。
「さて、どちらの話を信じるべきか。読み違えてはならぬ。当主など信じてどうするか。私を信じて行動なさい」
「……え、」
眉を下げる玉蓮とは対照的に凰晄は優雅に銘茶を口に含む。
「貴女は懲りもせず当主の薄っぺら気まぐれ手練手管を信じて縒りを戻そうとしいるのか?また都合が悪くなったら棄てられるぞ」
「こ、これでも後宮では風紀医女で知られていたのですが」
凰晄の双眸が鋭く光る。
「そう、貴女は身分の低いただの医女です。男の、しかも貴族の情だけを信じて妻になってもいずれ冷遇され子供は嫡子をとれないという悲惨な末路しかない。身分がないならば後ろ楯が必要だ。旺季様に後ろ楯になって頂ければ道は開ける」
「旺季様に、後ろ楯に」
そう、……。
そうなのかもしれない。
旺季こそ親の仇である可能性がある。
しかしその人に頼るしかないのかもしれない。
皇毅は何も詮索するなと言った。
自分と旺季の事を疑って行動を起こせば容赦はしないと。
そんな悲しい関係でしかないのに、
未だに情が残る自分の心に憎しみさえ覚える。
「当主の手綱を引けるのは旺季様しかいない。王の妃候補の世話係と称して旺邸へ入り、いかに冷遇されているか訴えるのだ。貴女が正室となり子が嫡子をとるにはそれしかない。当主の妻に返り咲くのは旺季様に直訴してからだ。当主の吹けば飛んでゆく薄情ではなく私の策を信じなさい」
見捨てたわけではなかった。皇毅がどんな事があっても玉蓮を見捨てない惻隠の情の持ち主だったなら凰晄はこんな事は考えなかっただろう。
しかし皇毅は嵐の夜に浚われた玉蓮を見捨てた。
その仕打ちに深く失望し、どうすれば同じ事が起こらぬか考えた。
凰晄の気持ちが知れて嬉しかった。王の妃であると知っていると打ち明けて良かった。
皇毅を信じるか、凰晄を信じるか、しかし自分は仇を探しに戻ってきた。
秀麗の力を借りず自分だけの力で昔の疫病の村が焼けた真相を探しに戻って来たのに、どちらを信じてついて行ってもそこにはたどり着けないのだろう。
温もりが身体に残っている皇毅の情
こんな自分の為の事を気にかけてくれる凰晄
自分に巣くう復讐の心
脳裏には愛しい人の声
−−−−−−私を疑うのか、
それとも夫として信じるのか、お前が決めていい
(はい、皇毅様……そう致します)
玉蓮は湖面の瞳を閉じる。
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