愛と復讐と
想いが通じ合っていたと、そう信じていた頃は怯える心の底で一筋の光のような嬉しい気持ちがあった。
けれど……。
玉蓮の瞳は暗く沈む。
(私を妻にすると言ってくれたけれど、行方不明になっても探しに来てくださらなかった。秀麗様のお邸にいると分かっても……)
不興を買いすぎない程度に傍にいるだけでよいはず。
何故戻って来たのか、皇毅も薄々感づいているのだからこれはきっと遊ばれているだけ。
頑なに拒絶しても力で勝てるわけないので向けられる視線から目を逸らせた。
「皇毅様は私をもう一度妻にしてくださる気持ちはあるのでしょうか」
か細い問いかけに覆い被さっていた身体がぴくり、と反応する。
痛いところ突かれたとでも思っているのだろうか。
損得を考えない女だと安心していたのに、妻にする気はあるのかと問いただされ困惑でもしているのなら最低な人だ。
「どうなのですか?」
「お前は人の話をまるで聞いていないのか。私の身辺さぐろうなどとくだらん事をしないのならば縒りを戻すと言っただろう」
確かに言われたような、しかし皇毅の身辺探りに戻ってきた玉蓮はその時は出来ない相談だと聞き流したような気もする。
「ありがとうございます……」
気のない返事が浮かんで消えた。
皇毅が自分を棄てた理由が旺季が疫病の村を焼いた事に通じているならば根はかなり深いはず。
旺季と玉蓮を天秤に掛けたとすれば迎えになど来るはずがなかった。
焼かれた村の生き残りが玉蓮で旺季や皇毅の罪を暴こうと戻ってきたのならば殺されてもおかしくはない。
けれど皇毅は殺す気などなかったから玉蓮は生きている。
きっとそれが最後にほんの少し残っていた良心なのだ。
彼の身体は温かい。その温もりを堪能するように身を寄せると押さえる手の力が弱まった。
「狐の面を被った者の事も、私の後ろにいた者の事もすっかり忘れたら、皇毅様の妻になれますか?」
「背後に誰かいたのか」
邸の者も見ているからおそらく間違いない。侵入者は二人いた。
「確かではありませんが、狐の面を被った人はその気配に気が付いて私の手を引いたように思えます。まるで逃げるような素振りでした」
狐は晏樹で間違いないだろう。
晏樹ならば幼い頃からぶん殴りあっていた皇毅ならばギリギリなんとか出来る。
しかし背後にいたという者が誰だったのか、それが未だに不明だった。
晏樹と同じく旺季を護ろうとする者のような気がする。
晏樹と皇毅は玉蓮を殺すまではしなくてよいと考えていたが、その者だけは殺しに来たとだとすれば、晏樹が急いで逃げた事も辻褄が合う。
その者は玉蓮が皇毅の邸から離れた時には姿を見せなかったようだが、戻ってきたと知ればまた殺しに来るかもしれない。
「私の妻になるには、……なかなか面倒な事がありそうだ。それでもいいなら傍にいろ」
「皇毅様、」
どうして迎えに来てくれなかったのですか。
迎えに来てその言葉をくだされば信じられた。
[ 22/79 ][*prev] [next#]
[戻る]